京都国際写真祭『KYOTOGRAPHIE』が今年も京都市内の複数のスポットで5月14日まで開催されている
取材・文・写真/柳 忠之
第11回目となる今年のテーマは「BORDER」。私たちの日々の生活の中には至るところに境界線がある。しかしそれはたいてい見えないもの。それを“可視化”するのが今回のKYOTOGRAPHIEだ。
松本和彦さんの「心の糸」は、認知症がテーマ
八竹庵(旧川崎家住宅)で展示されている松村和彦さんの「心の糸」は、高齢化社会における認知症問題を取り上げた作品。フォトジャーナリストの松村さんは2017年から認知症の取材を重ね、写真として記録してきた。認知症の妻を介護する老齢の夫を追った作品はじつに生々しい。
屋久島の森の中で生活した「JINEN」の山内悠さん
誉田屋源兵衛 黒蔵に展示されているのは山内悠さんの「JINEN(自然)」。山内さんは屋久島の森の中に1か月間生活。自然に囲まれ自分の不安や恐怖心に気づき、自然との距離感を感じた山内さん。しかし、数多くの巨木との出会いから、自然と自分との境界線が曖昧になるのを感じたという。作品は山内さんの恐怖心を象徴する闇夜から始まり、光眩い外界の映像で終わる。
石内都さんは若手の頭山ゆう紀さんとコラボ
世界的に著名な石内都さんは若手の頭山ゆう紀さんとコラボし、誉田屋源兵衛 竹院の間で「透視する窓辺」を公開。石内さんは2000年に没した母の遺品を撮影した作品を、頭山さんはコロナ禍で2年前に亡くなった祖母を介護中に撮影した写真と、2008年に発表した<境界線13>から、祖母と昨年急逝した母の姿のない家族の写真を展示。ともに身近な女性の死をテーマとしている。
高木由利子さんの作品は、ライフスタイル誌編集者の目を釘付けに
雑誌編集に携わる者にとって圧巻だったのは、二条城の二の丸御殿台所・御清所に展示された高木由利子さんの作品「PARALLEL WORLD」。日常的に民族衣装を身に纏う人々を撮影した作品と、DIOR、イッセイ・ミヤケ、ジョン・ガリアーノなどのファッションフォトグラフィーをパラレルに紹介。DIORの作品に登場する服はすべてオートクチュールを撮り下ろしたものだ。
海外勢の作品も素晴らしい
難民たちの姿をとらえたセザール・デスフリさんとジャマイカ系英国人写真家のデニス・モリスさん
(画像・左)セザール・デズフリさんの「Passengers 越境者」は、ドイツのNGO団体が所有する難民救助船に乗り、リビアからイタリアに逃避行する難民たちの姿に迫った作品。イタリアに辿り着いて以降の彼らの生活までも追い、移住先での厳しい現実も克明に映し出す。
(画像・右)世界倉庫では、ボブ・マーリーのバックアップにより音楽業界で成功したジャマイカ系英国人の写真家、デニス・モリスさんの「Colored Black」を展示。英国に移住してきたカリブ系移民の生活が、カメラのファインダーを通して切り取られている。
出町桝形商店街のアーケードに展示されているのは、コートジボワールのビジュアルアーティスト、ジョアナ・シュマリさんの「Kyoto-Abidjan」。今回のテーマ「BORDER」からインスピレーションを受けて制作された新作で、京都の出町桝形商店街とコートジボワールの政治経済の中心地であるアビジャンの市場を撮影したもの。遠く離れながら似通った職業に携わる人々を関連づけ、刺繍の糸によって互いの境界線を曖昧なものにしている。シュマリさんは両足院でも「Alba’hian」という作品を公開。
出町桝形商店街で、ちんどん屋さんと一緒に記念撮影のジョアナ・シュマリさん(後列左から2番目)
ココ・カピタンさんの作品は、京都の若者たちをフィルムに収めた「Ookini」
スペイン出身の写真家、ココ・カピタンさんは、KYOTOGRAPHIEのレジデンスプログラムに参加し、昨年10月から12月まで京都に滞在。京都のティーンエイジャーの姿をフィルムに収めた。未来の釜師、狂言師の息子、人形師の娘、禅僧を目指す学生、舞妓などから一般の高校生や偶然出会った若者まで。タイトルは「Ookini」。大西清右衛門美術館と東福寺塔頭 光明院で展示されている。
最後にワインにまつわる作品を紹介
山田さんの作品「生命 宇宙の華」
HOSOO GALLERYに展示されている「生命 宇宙の華」は、「Ruinart Japan Award 2022」を受賞した山田学さんの作品。ルイナールは1729年に創立した史上初のシャンパーニュ・メゾンで、1896年、アール・ヌーヴォーを代表する作家のアルフォンス・ミュシャに宣伝用ポスターを依頼したのを皮切りにアートとの結びつきを強め、KYOTOGRAPHIEにも毎回協賛している。
山田さんは昨年の9月中旬、シャンパーニュ地方に滞在。今回の作品を制作した。収穫もほぼ終わりかけの頃、ブドウ畑に残ったブドウの実、葉や梗、畑に咲く花や転がる石ころを拾い集め、日本から持参した金箔銀箔に、バクテリアによって分解されるセロファンを使って本作品を仕上げている。
異なる素材をまとめるには液体が必要で、水では濃密さが足らずに悩んでいたところ、メゾンからシャンパーニュを使ってはどうかと提案され、実際にそれを用いたという。「途中でシャンパーニュを飲みながら制作するようにしたら、あからさまに作品がよくなった」と山田さんは笑う。
地下セラーのクレイエルを形成する白亜(チョーク)は、太古の海に生息した微生物の死骸だ。シャンパーニュを生み出すブドウの樹はその白亜の土壌に根を張る。一方でその地下セラーは理想的な温度と湿度を提供することから、シャンパーニュの熟成に利用されている。こうした一連の結びつきに「生命の循環」を感じた山田さんは、生命と宇宙の起源に思いを巡らせ、この作品を完成させた。
万華鏡のように投影する装置
展示では、グラスに注がれたルイナールのシャンパーニュが弾ける音やクレイエルの中の静寂さもBGMとして利用。プリントしたアクリルの破片を水の中に入れ、それを万華鏡のように投影する仕掛けも面白い。
昨年、Ruinart Japan Awardを受賞し、シャンパーニュ地方で作品を制作した山田学さん
なお会期中、ギャラリー階下のHOSOO Loungeでは、ルイナールのポップアップバーをオープン。ルイナール ブラン・ド・ブラン、ルイナール ロゼがバイザグラス(各3,000円)で楽しめる。
写真好きもシャンパーニュ好きも一見の価値があるKYOTOGRAPHIE。なんと、明日5月15日(日)が最終日だ。ぜひ足を運んでほしい。