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じだいをかえる、かわりものたちのおはなし

ユニークな生き様を貫くには、相当の覚悟と勇気が必要だ。
体内にたぎる血の赴くまま、既存のカテゴリにハマらぬ道を突き進む改革者たち。
彼らの描く刺激的な未来図を垣間見れば、自分たちも何か動き出したくなる。

NEW BLOOD✙ Vol.01 沼田 実

栽培醸造家/ワインコンサルタント

沼田 実

ワイン造りデビューを果たす、還暦の「ベテラン新人」


ソムリエ、インポーター、ワインスクール講師、販売コンサルタントとワイン業界の様々な分野でキャリアを積んだ男が、ついに栽培醸造家デビューを果たした。ワインの知識はあらゆる角度から網羅した上で、最後に問われるのはプロデュース力だ。


日本でのワイナリー設立は赤字リスク高

「いろんな人から、〝第二の人生“について相談を受けるようになったかな」
最近の動向を問われ、ワイナリー設立へ向け奔走中の沼田実は笑ってそう答えた。

日本では近年、ワイナリー新設ラッシュが目覚ましい。
2016年には300にも満たなかった日本のワイナリー数は、2022年の時点で413社へ。
そして、新規ワイナリー設立に挑む顔ぶれも少しずつ変わりつつある。
ワイナリーを起ち上げるのは大手ワイナリーで研鑽を積んだ醸造家が主流とはいえ、異業種から脱サラして参入する例も増えた。
後者の場合、ワインの学校に通うなどして基礎的な技術を習得した上で夢の実現へ向かう。

ただし、ワイン造りで儲けを出すのは限りなく難しい。
自然を相手にするブドウ栽培は毎年の収量が不安定で、消費者ニーズは流動的だ。
実際、設立3年に満たない新規ワイン製造者の半数以上は赤字経営とのデータもある。

ここでふと連想するのは、1990年代に世間を賑わせた地ビール・ブーム。
酒税法改正で小規模なビール製造が認められたのをきっかけに、まだバブルの勢いを残していた誰も彼もがブルワリーを設立、最終的に多くが淘汰されブームは沈静化した。
安易なワイナリー運営も同様、投じた資金を溶かすだけに終わってしまう。

世間一般ではワイン造りの源として「夢」「ロマン」「哲学」が頻繁に語られるが、本来必要なのは信頼に足る事業計画書だ。
栽培や醸造の技術が高いだけでなく、ワインが商品として十分な魅力を持ち、現実的に採算の取れる見込みを持たせる、つまりプロデュースする力にかかっている。
「今の都会生活から脱却し、ワインに携わりたい」「第二の人生は自然と触れ合いたいが、どうしたら?」など漠然とした悩みを抱える人の目に、沼田が格好の相談相手として映るのは、なにより彼が圧倒的なプロデュース力を持ち合わせているからだ。


ワイン業界を縦断してから造りの現場へ

1962年生まれの沼田は、自分の経歴を
「川下から川上へ向かってる」

と表現した。
ワインを消費者へ直接サーブする側が川の下流とすれば、ワインを造る側は川上となる。
大学卒業後はホテル・パシフィック・メリディアン東京に就職してソムリエとなり、「フランス食品振興会主催 第6回ソムリエ最高技術賞コンクール」準決勝選出を果たした。
オーストラリアワイン専門商社へ転職すると、並行して販売コンサルタントやワインスクール講師として活躍。
長年に渡りワインコンテストの審査員も務め、2008年には「国際ワインコンクール ジャパンワインチャレンジ」最優秀日本人審査員賞を受賞した。
ワイン造りに向けて動き始めたのは、46歳を迎えてからだ。
彼の子供たちが大学に通うお年頃、自身はニュージーランドのリンカーン大学へ入学し、栽培学と醸造学を修めて帰国した。

いよいよ還暦が目前に迫るなか、起ち上げから参画した東京のワイナリーでは、沼田の手掛けたロゼワインが初リリースにも関わらずサクラアワードでゴールドを受賞。
栽培醸造家として幸先のいいスタートを切ることができたところで、ようやく次のステップへ。
20年に及び日本全国のワイン産地を巡ってきた経験をふまえ、かねてからの目標であった理想のピノ・ノワールを造る為、縁のあった長野でキリノカ・ヴィンヤードを拓くに至る。

自分はテロワールの一部、という認識


さて、「沼田のプロデュース力とはなんぞや」との疑問にぼつぼつ答えていこう。

沼田は、6年前に前立腺がんとなり今年ようやく寛解と認められた「がんサバイバー」とは思えぬほど、エネルギーにあふれている。
ピノ・ノワールとシャルドネを植えた畑には、牛糞やもみ殻を漉き込み、春には馬で表土を耕し、獣除けに木酢液を撒く。
自然派を目指しているのではなく、不純な天候によりブドウが病気に罹患しそうな時には、農薬の使用もためらわない。
畑をベストな状態へもっていくために思いつく手段はなんでも試し、ひと一倍手間をかけているだけだ。


一方、思い入れたっぷりの畑やワイナリーに「ヌマタ・ヴィンヤード」「ミノル・ワイナリー」と自身の名を冠する発想は毛頭ない。
ワインについても、テロワールや造りのイメージを踏襲した名前で世に出す予定である。
「自分のプロデュースで、ワインという作品が存在すればいい。(自分が)テロワールのなかの一部でありたいから」
と、沼田は信念を語った。
ワイン造りを映画製作に例えるなら、造り手は自己顕示欲の強い俳優や監督ではなく、プロデューサーであるべき。
1次産業にあたるブドウ栽培から、2次産業の醸造、3次産業である販売まですべてをこなすワイナリー稼業には、バランス感覚の優れた人間性が必要とされる。
沼田の場合、各産業ごとに身を置いて実務経験を積み重ね、現実に即して総合プロデュースする力を身に着けた苦労人なのだ。

生きている証、爪痕を残したい気持ちは誰にでもある。
今、沼田が突き進むのは、ものをいちから創り、その価値を後世に示す道。 周囲の人々を巻き込み、将来的には地域に還元する形でワイン造りの仕組みを残していきたいと、彼は願っている。

ああ、やはり第二の人生で迷うとき、この人に相談したくなるわけだ。

〈了〉

  • 記事を書いたライター
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山本ジョー

ライター。2000年よりワインや食にまつわるテキスト制作を請け負ってきたが、ときおりタレント本や鉄道本にも携わる。 畑で細々と野菜を作り、猟師から獲物を分けてもらうカントリーライフを堪能中。 好きなものは旅、犬、カジュアル着物。 小型船舶免許1級を取得して以来、船の操縦経験ゼロ歴を更新し続ける「なんちゃって船長」でもある。

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