お酒を自由に楽しみ、セレンディピティな出会いを

SPIRITS & LIQUEUR

じだいをかえる、かわりものたちのおはなし 後閑 信吾

ユニークな生き様を貫くには、相当の覚悟と勇気が必要だ。
体内にたぎる血の赴くまま、既存のカテゴリにハマらぬ道を突き進む改革者たち。
彼らの描く刺激的な未来図を垣間見れば、自分たちも何か動き出したくなる。

NEW BLOOD✙ Vol.05 後閑 信吾

SG Groupファウンダー/バーテンダー

文/編集部 写真/篠原宏明

彼が作るお店や彼の発信力は日本のバー業界はもとより、
世界で今最も注目されていると言っても過言ではない。それが後閑信吾だ。

独学でキャリアを積み、2012年、29歳にして日本人初のバカルディ・レガシー・カクテルコンペティションの世界大会で優勝という快挙を成し遂げる。現在、上海、東京、沖縄と自分のお店を回り、時には自身の店以外のコンサルタントやプロデューサーとして世界を回る忙しい日々を送っている。

18歳の時、働くなら何らかのスキルを身に付けたいという思いもあり、地元のバーに応募して採用されたことをきっかけに、まずはアルバイトから飲食業に飛び込んだ。
当時はどうしてもバーで働きたいという確固たる信念があったわけではなく、いずれは家業(飲食関係ではない)を継ぐだろうという気持ちもあったため、この仕事に長居するつもりはなかったという。それが働くにつれて気持ちに変化が出てきたのだった。


「オーダーを受けてすぐにその作品(お酒)を作れる。わりとせっかちな性格なこともあり、まずそこが性に合っていたのかもしれないですね。この仕事はカクテルをクリエイトするアーティスト的な要素、ゲストに合わせて作るソムリエ的なアプローチ、サービスマンとしての接客マナー、作り込んでいく職人の要素、といろいろ側面を持っていることがわかって、やればやるほどそれぞれが深い。お店にいらっしゃるいろいろな職業の大人の方に会って話を聞けることも普通ではなかなか得られない機会でしたし、そこから学ぶこともたくさんありました。すぐにのめり込んでいき、気が付いたらもう20年が経っていました」


彼にとって、テクニックや接客において師匠と呼べる人はいないという。
お店に訪れるお客様とのさまざまな出会いで聞いたこと、学んだこと、
バーテンダーとしてのスキルになるのではと自ら学んだこと、
もちろん先輩からのアドバイスなどももらったが、全ては独学で学び成長してきた。
そしてこの仕事を一生突き詰めていこうと決めたのは
バカルディ・レガシー・カクテルコンペティションの世界大会で優勝した29歳のときだったという。
優勝したことで、お酒の世界を多くの人に広めたい、興味を持って欲しいという思いが強くなったのだろうか?


「優勝した時はアメリカが私の拠点でした。そのアメリカのスピリッツやカクテルの市場はとてつもなく大きいです。私が誰かに広めるなんて必要はない十分な大きさです。アメリカを拠点にして10 年間過ごして、その後日本に頻繁に帰って来るようになるのですけれど、日本に住んでいた頃の市場規模、バーやカクテル、環境全てにおいて日本はあまり変わっていないと帰国の度に感じ、とても不思議に思いました。例えば食、ファッションや音楽の変化は敏感に日本も取り入れていく。しかし、バーに関しては変化が無く、市場も変わらず小さい。2018年に東京にお店を出したタイミングで、もっと広めていくにはどうしたらいいかと考え始めました」

東京にお店をオープンした当時、「ゲストバーテンディング」という
お店が世界の有名バーテンダーを招待して、盛り上がるイベントが世界で流行っていた。
バー関係者は彼が日本で何かするなら当然「ゲストバーテンディングイベント」と予想していたが
その企画はほとんどやらなかった。
そこには欧米と日本のバーカルチャーに大きな違いがあったからだ
日本ならではのイベントとするならばどんな企画が盛り上がるか、そのお題への答えは実におもしろい発想だった。

「海外では、ゲストバーテンダーがシェーカーを振ると盛り上がってお店もお客様も活気づきます。でも日本にはそのようなバー文化がないため、ゲストバーテンディングイベントを開催しても距離を置かれてしまう印象があったので、全く別のアプローチを考えました。異業種で素晴らしい才能を持った方々、例えば盆栽師、靴磨き職人、ソムリエ、パティシエをゲストとして招いて、その人やその業界のファンにバーを知ってもらうことを軸にした企画です。異業種のマーケットの方々にバーのよさを少しでも感じてもらい、知ってもらう。地道なイベントですけど、2年くらい続けました。そうしたらゆっくりですけど効果が出てきて、日本のバーではあまり見ない客層が定着して、特にバーには行ったことがないというお客様にも通っていただけるようになりました。お店だけではなく、バーという空間の認知も広げられたのではないかと思います」

異業種とのコラボ
思いつきそうではあるが、いざ、実現しようとしても具体的にイメージすることは意外と難しいように思う。
もちろん、全く異なる文化や人をお酒で繋いでバーを知ってもらうという
実におもしろい発想であり、新しい顧客の開拓には画期的なイベントである。
そのイベントの一つはこうだ
盆栽師として有名な方を招待し、盆栽の世界のお客様に集まってもらう。
盆栽を見ながら一番飲みたいカクテルがマティーニだとすると、“盆栽とマティーニのイベント”がテーマ。
誰もがイメージするドライマティーニ。しかしアルコール度数が強く、誰もが飲めるものではない。
そこで、カクテルは「組み合わせ」のお酒であるからその割合を変える。
例えばアルコール度数が低いベルモットをベースとしてジンを少し入れるなど、通常の割合を逆にして飲みやすくし、何種類かのマティーニを飲んで、盆栽を愛でてもらう。
また、その場で一つの大きな盆栽を作ってもらうというイベントに仕立てる。
盆栽師、盆栽のファンにとっては、そのことで「お酒」「バー」という存在が身近に感じられるというわけだ。
お酒とバーという空間を使い、そのゲストの真髄を味わえるイベントになるわけだから盛り上がらないはずはない。

バーという空間は基本的にストレスから解放されONとOFFを切り替えて自分なりにリラックスし、リフレッシュする場所だと考えているという。
日本と欧米の両方のバーで働いて彼が感じることは、日本人はOFFでも緊張感を持っている人が比較的多いということ。
多くのストレスがかかる街、東京なのだから、ONとOFFが上手に切り替えられる場所(バー)は不可欠だとも。
ここで注意したのは、切り替えるイコール短絡的に“ワイワイガヤガヤ”して““どんちゃん騒ぎ”する、ではないということ。
全てのお店は、ONからOFFへ切り替えて楽しむ場所を提供することを目指している。


「店によっては静かな空間もあれば、上海のディスコみたいな空間、沖縄のお店のように沖縄とラテンアメリカの世界観を組み合わせている空間もある。お店のある国や地域の歴史も踏まえある種のストーリーを創り出すことで、OFFを楽しんでもらうための空間作りを心がけています」

若い世代の酒離れがよく言われている。
美味しいお酒を飲む機会が無いから。健康志向だから。
多趣味でお酒にまでお金を使えないなど、ネガティブな意見は山ほど出てくる。
彼の話を聞いていると

Z世代をどう集めるかではなく
店に訪れる側の視点を今一度熟考すべきなのかもしれない、と感じる。

「我々のお店は若いお客様も多いです。若い人たちが興味を持つような作品やお店、サービスを提供できるよう、お客様に寄り添って、ネーミングやフレーバーの組み合わせなど違うアプローチをしています。ネーミングが興味を持つようなものだったら“何これ?”ってなって、材料を見たらわかりやすい素材が 2、3 個載っている。そうすると、飲んでみたいなって気分になると思うんですよ。お客様のことを考えたメニュー、それをサービススタッフが紹介する。それで作品が出てきた時にお客様にサプライズしてもらうという流れが組めれば、次は誰か誘って来てみようってなると思います」

そのサプライズという言葉

以前、彼が出演したテレビ番組でも
「サプライズミー」という表現が出ていた。
この「サプライズミー」は彼らの職業の真髄を表しているのだろうか?

「“サプライズミー”は“驚かせて”ってことなんですけど、簡単に言うと、“おまかせ”という意味になるんです。 おまかせはこっち目線(お店側)で、サプライズは向こう目線(お客様)ですよね。言われたときに私たちは相手のその言葉、雰囲気、しゃべり方から、作る作品をイメージします。いちばん大切なことは、その先に実際にサプライズがあること。サプライズがないのは明確に駄目です。それは材料の組み合わせなのか、味わいなのか、見た目なのかあるいはストーリーなのか。“何がサプライズなの”って言われたらちゃんとプレゼンテーションできることも必要です。アメリカで店に立つと頻繁にあるシチュエーションですし、もちろん毎回プレッシャーはあります。また、これは毎回お題を出されて、大喜利やっているようなもので、すぐに出さないといけないから、”分かりましたちょっと5分考えさせて”なんて許されません。こんな感じでって言われた時にはもう右手が何かのボトルに手が伸びているぐらいのスピードでお題に答えるわけです。バーテンダーにとってこれは大切なトレーニングでもあります。この経験を積んでいくと頭の回転は早くなり、プロダクトを作る時や出店する物件を見た時にどんなコンセプトで作るかとか、目の前の問題をどう解決するかとか、私は20 年間トレーニングされているので、発想や判断するスピードは早いです。バーテンダーはみんなわりと得意なことだと思います」

世はSDGsやサステイナビリティがキーワードになっているが
意識してやることではなく、日本人には“もったいない”という誇れる意識が大昔から根付いている。
彼が携わった沖縄産黒糖リキュールの商品化も発想は“もったいない”だ。

「元々小さなお店の出身なのでコストコントロールや無駄をなくすことへの意識付けは言われ続けてきたことでしたし、子どものころから無駄を出すんじゃないと言われて育ちました。“もったいない”には若い頃から敏感でした。沖縄の黒糖リキュールは、“黒糖が大量に廃棄されている。もったいないから何か使えないか。泡盛が売れてないなら黒糖を使って作ってみたい”っていう自然な思考から、商品化に結びついたというだけなんです。もちろん、ただ“もったいない”だけではなく、縁があって沖縄に出店し時間を過ごして、とても好きな場所になりました。沖縄のことを勉強すればするほど、多くの知らなかったことにも気づきかされました。沖縄で時間を過ごしていくうちにもっと沖縄を盛り上げて行きたいと思うようになったことは確かです。地産地消はお客様目線で考えると当然のことで、例えば私が客として沖縄に行ったら、沖縄の体験をしたいと当然思います。沖縄のお酒かフルーツ、ハーブなどの食材か、器か、あるいは空間か、沖縄ならではの体験をしたいですよね。お客様目線を考えると自然と沖縄のものを使った方がいいのは必然です。自分が使いたいからというよりお客様目線で、使ってもらったら嬉しいっていう軸で考えます。どれもあえてやることではなくて、自分にとっては自然なことです」

最近AIの出現でなくなる職業、様変わりする労働現場など取り沙汰されている。バーは今後、何か変わっていくのだろうか?


「“東京バーショー”というイベントが5月13日、14日に開催されます。今年はある方と二人で “100年後のバー”を語るという企画を開催します。100年後の未来のバーと限定して絵を1枚作り、2人でそれについて語り合います。その未来は50 年後に確実に実現しているとか、いろいろな角度からデータを検証していますのでかなりおもしろい内容になると思います。多分皆さんが今ご想像されている絵と、私たちが思い描く絵は全然違うのではないかと思いますので、楽しみにしていて欲しいです(笑)」
詳細はなかなか答えてもらえなかったが、さわりだけこっそり?教えてくれた。
「では少しだけ。100 年後、未来のバーのキーワードは“SF(セクシー&ファンクション)”を掲げました。100 年経とうが200年経とうが、バーで絶対に損なわれるべきじゃないものは色気だと思います。皆さんが想像する未来のバーは無機質なロボットがいる機械仕掛けの未来的空間でしょうか? 私は、人はバーに色気や艶を求め続け、バーもそれらを持ち続けるべきだと思います。そこを保ちつつ、ファンクション(=機能性)をどこまで出していくかのバランスが、今後キーポイントになると思っています。今、日本はもちろん世界共通で飲食業界は深刻な人手不足です。今後もそれは変わらないでしょうし、昔みたいに新人は掃除から下働きの修行を積むという時代は終わると思います。機械化できるところは機械やロボットが代行していく。機能的なところは極限まで機能化しつつ色気を残した店作りが必要で、そう考えるとバーテンダーのシェーカーも意外と無くならないと思います。ロボットアームのバーテンダーとかが定着することはおそらくないと思います。もちろん、低価格であえてそっちに振り切ったお店はあるかもしれないですけど。セクシーとファンクションのバランスを取りつつ、アナログの部分は残り続けると思います」


上海、沖縄、東京、……彼のお店はさまざまなコンセプトに裏打ちされた世界観を持つ。
決して奇をてらったものではなく、来てくれるお客様がその人なりに楽しんでもらうための場所。
楽しみ方は100人100通り、でもそれに応えられるサプライズも大切にしている。
これからも、日本で、世界で、彼が実現させようとする世界観は注目を集めるだろう。
真面目に楽しさを追求しながら、いかにサプライズを魅せてくれるか、今後も楽しみでしょうがない。
艶や色気はAIや機械化はできない!さらに興味深い話が“東京バーショー”で披露されるそうだ。これは行ってみる価値のあるイベントに違いない。


詳しく知りたい方は下記をタップしてください。
スピリッツファン垂涎のイベント「東京バーショー」
http://tokyobarshow.com/

東京バーショウ開催レポート

ここからは新たに「東京バーショー」開催模様をお伝えしたい。
5月13日土曜日、14日日曜日の2日間開催。編集部が伺った13日は小雨模様の天気はイマイチながらも11時の開場時東京ドームのプリズムホールはすでに開会を待つ人たちの列が長く伸びていました。中に入るともうそれは殺気を感じるくらいのすごい熱気と混雑。やはりやはり4年ぶりの開催ということもあるのでしょう。
トークセッションやイベントも盛りだくさん。ウイスキー100年プロジェクト「日本のブレンダーたちが語るトークセッション」では現在の日本ウイスキーが抱える問題点を、未来に向けて話し合う貴重な内容。これがコレまでの100年をもとに語るものだとしたら、異彩を放っていたのは「100年後のバー」をコンセプトにしていた「バカルディ」のブース。バカルディジャパンチームと後閑信吾さん、フードテックアーティストの榊良佑氏がコラボレーションした未来像を語るトークセッション。そのために造られた映像ではアンドロイド型のロボットがレセプションにいたり、お客のトランスポートは自動運転の車がやってきたり。ただ、バーがある場所はブレードランナーやスターウォーズに登場するような猥雑な都心ではなく、屋久島などをイメージさせる大自然に忽然と現れる自然と共生したバー。インタビューに登場したキーワード「ファンクション」「セクシー」を体現した内容になっていた。
開催される度に、話題になる何かを見つけられる「東京バーショー」、いまから来年が楽しみだ。

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