お酒を自由に楽しみ、セレンディピティな出会いを

INTERVIEW

じだいをかえる、かわりものたちのおはなし 稲田 浩

ユニークな生き様を貫くには、相当の覚悟と勇気が必要だ。
体内にたぎる血の赴くまま、既存のカテゴリにハマらぬ道を突き進む改革者たち。
彼らの描く刺激的な未来図を垣間見れば、自分たちも何か動き出したくなる。

NEW BLOOD✙ Vol.03 稲田 浩

ライスプレス 編集長

文/編集部 写真/篠原宏明

雑誌「RiCE」は人生に直結した

初めてのフードカルチャーマガジン

ある日、書店で女優の夏帆さんが表紙になっている雑誌が目にとまった。わけはその当時私(執筆者)がワイン雑誌の編集長をしていて夏帆さんに表紙のオファーをしていたから。手に取ると表紙に書かれていた特集は「ナチュラルワイン」。さらに興味がわいた。開くと自分とはコンテンツの立て方など手法は違うが強烈なその個性が眩しかった。その雑誌の名は「RiCE」というフードカルチャー誌。その編集長が今回登場いただいた稲田浩だ。

いくつかの雑誌の創刊に携われたことが彼の編集者DNAを刻んでいく

雑誌「RiCE」の創刊は7年前。この雑誌の話をする前に少し時間を巻き戻したい。稲田の編集者人生の始まりは「シンコーミュージック」に入社、営業畑を経験後「B-PASS」編集部に編集者として辞令が出てまもなく「ロッキング・オン」に転職。「CUT」の副編集長など歴任し、10年ほど在籍後退社。2004年、別の出版社で編集長としてゼロからファッションサブカルチャーマガジン「EYESCREAM」を創刊。創刊12年を節目に退社。そして7年前の2016年、完全インデペンデントで自らが社長を務める「ライスプレス株式会社」を立ち上げた。かれこれ30年近く雑誌の編集畑を歩いている、生粋の雑誌編集者なのである。入社したころの「ロッキング・オン」は雑誌の勢いもあり新雑誌を次々と創刊していた時期。入社早々「H」と「BRIDGE」の2誌を季刊での創刊に参加。雑誌編集に関わる編集者のほとんどは「既存の媒体(コンセプトが明確でできあがった器)で仕事をする」場合が多い。創刊という「ゼロ」からの立ち上げに参加できる編集者は、大変だけれど、編集者のスキルを磨く場と考えると幸運な機会に巡り会っていると言える。

「ロッキング・オンで雑誌が本当にゼロから立ち上がっていく過程を実地に学ばせてもらった経験は、その後の自分にとって大きかったし、渋谷陽一(ロッキング・オングループの総帥にしてカリスマ編集者、音楽評論家)さんのものづくりは『日本オリジナルで、自分たちの価値観をしっかり作っていく雑誌が必要』というポリシー。そこにも影響を受けてるかもしれないですね。また、ロッキング・オンで渋谷さんのそばで雑誌創刊に参加させてもらって、その後は副編集長としての経験を積ませてもらっていたけれど、まだ編集長としての経験がなかった僕が「こういう雑誌を創らせてください」とアプローチして、チャンスを与えてもらえたことは幸運でした。雑誌がまだギリギリ元気だった最後の時代であったのと、ありがたいご縁と出会いと巡り合わがあったんでしょうね」

2004年4月の「EYESCREAM」創刊から稲田は12年間編集長を務める。そして、ここでまた大きく動き出す。彼なりに一区切りも見えた「EYESCREAM」を卒業して、またゼロから雑誌を創ろうと作ろうと決めるのだ。ただこれまでと大きくちがうことは独立してスタートを切ったこと。新たにインディペンデントで出版社を立ち上げ、そこから1冊の雑誌を創刊するという決断に踏み切った。そして選んだ雑誌のテーマは「食」。何故に「食」?

「慣れ親しんだファッションの雑誌は飽和するぐらい既にあって淘汰のフェーズに入っている。それと比べて食の雑誌って意外と数もバリエーションも少ないと思っていたのと、「EYESCREAM」でいろいろな現場に取材で行くと食の分野の盛り上がりを肌で感じていたんです。映画、音楽、ファッションなどどの現場に行っても、コンテンツを盛り上げる上で食の力が欠かせなくなっている。自己表現として食の現場でなにか発信しながらやっていきたいと思ってる若い人たちも多い。そんな彼らを中心に雑誌を作った方が自分にも、今の時代にもすごく合ってるんじゃないか。それともう一つ、食の盛り上がりは海外でも同時に起きていて、それに呼応するフードカルチャーマガジンが海外で出始めていたのに、日本ではありそうでなかった。ないなら自分たちで創ろう、きっと面白い波及が起きるんじゃないか。そんな直感に促されて「RiCE」という雑誌に繋がったんです」

しかし、創刊した7年前はそろそろ、雑誌に勢いがなくなり始めたころでもある。要は出版不況、デジタルの席巻、紙のメディアは困難な時代にその勝算を聞くと。

「勝算ということで言うと、あまり無かったかも(笑)。当時、回りに話をするとほぼ止められましたから。食のメディア云々よりも、雑誌をやること自体がとにかく厳しいと。創刊当時の7年前ですら広告はファッションに限らず全部デジタルに向かっていましたから。「やりたいことは分かるけれど、それはwebでやりなさい」と先輩の経営者からは忠告されましたね。でも、webマガジンはというとーーこうしてwebマガジンの取材を受けて、ましてやこれから創刊される方の前で言うことじゃないかもしれないけれどーーごめんなさいね。いま、すでにwebは飽和してるんじゃないかと思うんですよ。そしてこれからいくらでも指数関数的に増えていくのが目に見えている。そんな中で勝負していくのは、結構ハードなんじゃないかと。PV数とかすべての数字がリアルタイムでオープンになるなかで、下世話な情報も含めてコンテンツが横並びになる中、常に数字を問われるタイプの広告を取るのはブランディング的にも難しい。なので、僕らみたいなインディペンデントがデジタルメディアで成功するのは相当難しいんじゃないか。確かに雑誌に勢いはなく、今後もどんどん減っていくでしょう。でも「だからあえて」雑誌をやってるっていう逆張りの方が立ち位置をはっきりさせられるんじゃないかと。まして僕がやろうとしているコンテンツのスタイルというか考え方はwebだとフィットしにくいとも思うし、自分たちのリソースや特性を考えた時に雑誌を創刊するというのが最良の打ち手と感じたんです」

フードカルチャーを定義することから始まった

「では僕らがテーマとしている“フードカルチャー”とは何かということなんですが。RiCEでは自らを“フードカルチャー・マガジン”として定義しておきながら、実はずっと漠然としたイメージが広がるばかりで、うまく言語化できていなかった。それでコロナを機に内省する時間も持てた中で、なんとか定義づけようと頑張ってみたんです。

料理を料理そのものとして終わらせるのでは無く、その先にライフスタイルや人生が拡がっていくイメージ。その中心に「食」というものがあるので、そこを起点としてぐるっと全体を見渡してあるもの、それがフードカルチャーじゃないか。

つまり「食(フード)と人生(ライフ)をつなぐもの全て」、それこそがフードカルチャーなんじゃないかと。英語でライフ(Life)って、“生命”という意味と、“人生”っていう意味の両方が重なっていますよね。命を繋ぐために食は欠かせない。ただそれを人生と読み替えると、全然違うカラフルなイメージが広がっていく。

例えば「幸せって何ですか?」って正面から問われたとき、言葉でどう答えるかって結構難しいじゃないですか。幸せなんて人それぞれだよねっ?てかわされるかもしれないし、もっと高次元の哲学的な問いとも考えうる。でも、「具体的に幸せなシーンをイメージしてみてください」って言われたら、きっと「家族や恋人、大切な人、気のおけない友だちとかと食卓を囲んで笑いながら美味しいものを食べている」そんなシーンが浮かばないですか? それって結構、普遍的な情景として大半の人に共有されるんじゃないか。

そう考えると、クオリティー・オブ・ライフにとって「食」はすごく大事だなって改めて思うんです。だから、人生とフードを繋ぐものっていうのはすべからくフードカルチャーって定義しうるんじゃないか。

また流れで自分たちのパーパス(存在理由)についても言語化してみたんですけど、それは「フードカルチャーの力で世界を平和に導く」にしたんですね。そう聞いて今、すごい大げさに感じませんでした? 大きく出たなって(笑)。だけど、自分たちの力で「平和を実現する」とまではさすがにおこがましくて言えないですけど、少なくとも方向付けしたり促していくことはできるんじゃないかなと。やっぱりご飯ってすごく大事で、美味しくお腹も満たされたら幸せな気持ちになるし、それがクオリティー・オブ・ライフを高めてくれる。満腹で平和な気持ちに満たされてる時って、まさか戦争しようと思わないでしょう。だから、そういう意味で“フードカルチャーの力”で世界を平和に導くいていくことは可能だと僕は本気で思っている。じゃあ「フードカルチャーは何ですか?」って訊かれたら、「人生と食をつなぐもの全て」ですって、先の定義に戻ればいい。われわれRiCEは、今のフードカルチャーをジャーナルしながらエンパワーメントしていくのがミッションだと思いっています」

何故周りは定量的情報ばかりなのか?もったいないよ。

「こと雑誌でもwebでも食の情報って、スペック重視というか定量的情報をカタログ的に扱うだけの媒体が多い気がするんです。例えば「ここのラーメンは味噌味で、麺は硬麺が美味しい」っていうような。それも大切な情報ですが、なぜそのラーメンをわざわざ食べにいくのか、その気持ちやプロセスこそが大事であって。チェーンはまだしも個人商店がベースのお店は一軒一軒が二つとして同じものは無いわけで、食については定性的な情報こそが絶対大切で、だから新しい発想や提案も生まれる。食は人生を豊かにする上で最大のファクターなのに、コスパとか機能至上主義にみんな捕えられがちっていうか。日本人は自然と食材に恵まれていて、繊細な技術と感性があって、こんなに美食な国はほかにないほどです。特に東京だと世界中の料理がトップレベルで食べられて、和食はどこでも当然圧倒的に美味しい。それが日常的に普通だから、日本に住んでいるとそのありがたみを感じにくいのかもしれない。こんなに美味しいものがたくさんある場所はほかにないのに、それに対して無頓着で。いま、日本は海外に向けてそんなに売れるものがない国になっちゃったけど「日本の食」は世界中から人を惹きつけることができる。食は老若男女にエッセンシャルな体験だし、グローバルランゲージでもありますから」

ファッションはファッションが人を選ぶけど、食は一切選ばずすべてを包み込む

「古巣のEYESCREAMではカルチャー誌と言いながらファッションを毎号フィーチャーしていましたが、ファッションはやっぱり人を選ぶんですよ。ジェンダー、年齢はもちろん、その中でどういうテイストが好みで、とカテゴライズして、そのピンポイントに向けての情報を発信していく。でも「食」って本当に誰にでも共通で、若い人から老人まで、男女関係なく美味しいものの話に興味を持つし、話題も好奇心も広がる。それは国もまたぐし言語も超えていけるし、こんな強力なコンテンツはない。食のエシカル消費を通して環境問題にもつながっていくし、ぼくらのクオリティ・オブ・ライフもそうだし、生きていく上で語らなきゃいけないことってたくさんある。あらゆるイシューが食に集約されるところがあるというか。だから僕は読者層も正直言うとこだわってないですよ。食だからこそジェンダーは関係なくなるし、なるべく若い人が買ってくれたら嬉しいは嬉しいけれど、結果的にどの年代の人が買ってくれても構わない」

以前、筆者に雑誌なんて編集長のただの自己満足できる本を作ればいいんだよって言ったある出版社の社長がいたが。この社長のように自分が嬉しいを勘違いしてもらっては困るのだ。読む側に伝える努力がない垂れ流しで、編集されていない情報は意味ないのだ。そこに読者の共感は生まれてこない。今後の稲田が見ようとしている風景は何だろう。

「「RiCE」はいま7年目。去年から季刊から隔月にしたので、通巻50号と創刊10周年が重なるんですね。まずはそこを目標にして、完全にインディペンデントが雑誌を始めて10年途切れず出すっていうことは1つの価値だと思うし、創刊から 7 年の間に食はより盛り上がっている実感もある。この雑誌を創刊したことは間違いではなかったなと自分でも実感しつつあります。よくあのタイミングで食の雑誌をやりましたねって時々言われるんですが、それは先見の明ででもなんでもなくて。当時は食の雑誌をやったら絶対おもしろいっていう自分なりの確信はあったけど、誰もそんな数年後ことなんてわからないじゃないですか。コロナもそうだし、未来を正確に予測することは誰にもできない。だから、綿密なプランを立てることはしないですかね。ただ、それでいうと、昨年、季刊から隔月にしたことは賭けではありましたね。今、発行号数を減らすのはよく聞くし、休刊という名の廃刊も多いのに、そんな時に現状維持ではなく発行数を増やすっていうのは完全に逆張りでした。コロナもあってどうしようかなって何回も何回も考えて、web に全振りしようかなとかまで考えが及んで。でも、全然楽しく無いんですね、その想像が(苦笑)。で、やっぱりここは雑誌に逆張りで隔月刊化した方がおもしろいんじゃないかと。そう浮かんだ瞬間になんかもうパーっとテンション上がったんですよ。隔月にしたら大変さは何倍にもなるけど、そっちのほうが絶対楽しい。自分の会社なんだし、自分が舵取りしてんだから、自分が楽しいと思わなかったら絶対にうまくいかないなあと思ったんですよね。web 作るのが自分より得意な人はいっぱいいる中で戦うのと、自分は雑誌を作るの好きだし、雑誌をずっとやり続けて雑誌作りの自信はある。そこに比重を高めた方が勝算あるじゃないか? 季刊から隔月刊にして定価も下げて、計算すると隔月刊にしたからには季刊の1.5倍売れるようにしないといけない。雑誌コードに変更したから、このタイミングでコンビニエンスストアでも流通するようになって、配本数も増えたので今まで置いてなかった本屋にも置いてもらえて、その分クライアントからの問い合わせもすごく増えた。そういう意味ではプラスになったかなと思ってて、間違ってなかったなという感じはしています」

そんな稲田浩の編集者としての矜持を聞いてみた。

「1 つあるとしたら“手を抜かないこと”ことかな? 手を抜こうと思ったらいくらでもできるんですよ。例えばカレー特集を何回かやると「大体こんな感じね?」ってマニュアルじゃないですけど、手癖で作ろうと思えばできる。でもそれをやっても自分が楽しくないし、作ってる人が楽しくないものを買う人は絶対面白いと思わないし、きっとそれは誌面からばれちゃう。やっぱり常に手を抜かないで、やってないことを探して、背伸びし続けるってことですかね。背伸びする分、できなかったことができるようになったり、新しいトライアルをして汗をかいて。この仕事に関してはずっと背伸びし続けたら伸び続けるような気がするんで、自分達に毎回負荷をかけるというか。手を抜かないで、新しいトライを常にやるっていうことですかね」

最後に、話を通して気になったので聞いてみた。逆張りするのが好きですか?

「いや、いや、なんでも逆張りするわけではないですよ!……。でも考えるとなんかそういうとこあるかもしれないですね。言われて気づきましたけど、みんなが「わーっ」って一方に向かったら逆に行きたくなるっていうのはちょっとあるかも。みんながこっち面白いっていっていると、逆の方から戦略が見えてくることがあって、なんかこっち拾った方がおもしろいんじゃないか。そこにチャンスが転がっていて、誰も見てない何かがあるかもしれないわけで。こっちもおもしろいよ?っていうのが自分の役割なのかも、って今思いました」

このインタビュー取材の数日後、「GENIC」というカメラ雑誌の新聞記事が目にとまった。ご多分に漏れず老舗のカメラ雑誌は廃刊が相次いだ。そんななかオールカラー150ページ1,650円の贅沢なつくりの雑誌が好評だという。以前は「女子カメラ」という名前だったがリニューアルして「GENIC」となった。女子カメラも一時期ブームを巻き起こした雑誌だった。こまかいことは省くが、この雑誌テクニックを語りたがるカメラ雑誌では無く、読者がカメラで表現したくなる構成を心がけている。この雑誌は写真を撮ることは記録を残すことではなく、写真って自分が生きていることにフォーカスを当てるものという視点が画期的なのだろう。この考え方(勝手な思い込みだけど)、「RiCE」編集長・稲田浩の話がオーバーラップしてきた。そう、人生を繋ぐものを見つけようと寄り添う雑誌は信用していいのだ。

最新号は『RiCE』2023年3月号のは初となる「東京」特集。東京中の裏名店を巡っている。

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