文/山田 靖
ロマナ・エッシェンスペルガー MW 来日プレスイベントレポート

ロマナ・エッシェンスペルガー 氏
ドイツワインと聞いて、どんなイメージが浮かぶだろう。甘口? 硬派? それとも難解? そのすべてに「NO」と答えるような、軽やかで、エレガントで、そしてなにより“いま”を感じさせるワインが、ここにあった。
2025年6月、世界でも約400人しかいない“マスター・オブ・ワイン”の称号を持つロマナ・エッシェンスペルガー氏が来日し、「今こそ飲みたいドイツワイン」をテーマにしたプレスイベントが開催された。リースリングからスパークリング、ピノ・ノワール、さらにはサステナブルな未来のワインまで──グラスを通じて語られたその奥深い世界を、ここにご紹介したい。

フードフレンドリーでもある「リースリング」の多彩さ
最初に注がれたのは、ドライ(辛口)のリースリング。透明感のある果実味、みずみずしい酸、すっと消えていく余韻。そのどれもが繊細でありながら芯のある存在感を放つ。
まず登場したのは、ドイツを代表するブドウ品種、リースリング。甘口のイメージが根強いが、今回はその印象を一新する2本が用意された。
1本目は、ステファン・マイヤー「ブントザントシュタイン・リースリング・トロッケン 2023(ファルツ)」。ピュアでダイレクトな果実味に、シャープな酸とミネラルが背骨のように通る。滑らかで上品、暑い季節に食事と合わせたくなる一本だ。
2本目は、ファルケンシュタイン「ヘレンベルク・リースリング・カビネット・ファインヘルプ 2022(モーゼル)」。樹齢80年の自根のブドウから生まれるこちらは、柔らかな甘みとともに、ザール特有の爽やかな酸とミネラルが響き合う。どちらも「甘い=単純」ではないことを体現していた。
「果実味が豊かだからといって、それが即ち“甘い”ということではないんです」とロマナ氏。リースリングは、食前にも、食中にも、食後にも寄り添える万能選手なのだ。また、「甘口か辛口か、という二択ではなく、料理や気分に合わせて幅広く楽しめるのがリースリングの魅力」とも、ロマナ氏は語る。その言葉通り、辛口は刺身や野菜中心の前菜と、オフドライはアジアンフードやスパイス料理と好相性だという。ワインを「合わせるもの」と考えるなら、ドイツのリースリングはまさに万能選手だ。
泡のある日常を。ゼクトで始まる新しい乾杯
れてはならないのが、ドイツのスパークリングワイン「ゼクト」。この名前、まだワインラバー以外で日本ではなじみが薄いかもしれないが、実はドイツ国内では成人1人あたり年間約5本も飲まれているという人気ぶり。リースリングやシャルドネ、ピノ系のブドウを使って造られるゼクトは、爽やかな酸と繊細な泡立ちが特徴。シャンパーニュにも似たクオリティながら、より果実味があり、食卓に馴染みやすい。
フーバー「ブラン・ド・ブラン ゼクト・ブリュット・ナトゥーア 2017(バーデン)」。樽熟成のニュアンスと細やかな泡立ち、澱との熟成による複雑さが一体となった、まさに“旨みのある泡”だった。
もう1本は、ブルク・クラス「レンヒェン・アルテ・マイスター・リースリング・ゼクト・エクストラ・ブリュット 2021(ラインガウ)」。樹齢60年のブドウから造られ、瓶内熟成18ヶ月という手間を惜しまない造り。エレガントな酸と細やかな泡、繊細な果実味が一体となったクラフトゼクトは、まさに“シャンパーニュの代替”ではなく“選ばれる理由のある一本”だ。ゼクトの世界がここまで進化していることに、驚かされる人は多かったはずだ。
赤は夏に!「冷やす赤」が、夏の新定番?
「赤は常温で」という常識を覆す提案として登場したのが、“冷やしておいしい赤”=シュペートブルグンダー(ピノ・ノワールのドイツ語表記)だ。
「冷やすことで果実味や酸が引き立ち、より爽快な印象になります。タンニンの強い赤ワインに苦手意識がある人にも、これはおすすめです」とロマナ氏。
アール地方のクロイツベルク「シュペートブルグンダー・トロッケン 2022」は、冷涼な産地ならではの繊細さと果実味が際立ち、さくらんぼや赤果実の香りがふわりと広がる。
一方、フランケンの名門フュルスト「トラディション・シュペートブルグンダー・トロッケン 2022」は、鉄分を感じるようなミネラルと、しっかりした酸が特徴。無濾過・無清澄で瓶詰めされたこのワインには、ドイツのクラフトマンシップが詰まっている。
冷やすことで赤の重たさを軽減し、むしろフレッシュに楽しめる。軽やかなベリー系の香りと、しなやかな飲み心地。和食やカジュアルな肉料理にもすっと寄り添ってくれる。冷房の効いた室内ではなく、夕暮れのテラスやキャンプ、屋外フェスで楽しむ赤ワイン──そんな新しいシーンを思い描ける一本だ。これもまた、ドイツワインからの新しい提案だ。
ワインの未来は、サステイナブル(持続可能)であること
最後に紹介されたのは、“未来のドイツワイン”の話。特に印象的だったのが、カビ菌に強い品種=PIWI(ピーヴィー)や、バイオダイナミック農法で造られたワインの研究。化学農薬の使用を減らし、地球にやさしいワイン造りを目指し、実際にドイツでは、有機認証を受けたブドウ畑の面積が年々増加し、2023年には総面積の約15%にまで達したという。ワインが“楽しみ”であるだけでなく、“選ぶことが未来への投資”にもなる証なのである。
1本目は、アプトホフ「アウフタクト・ソーヴィニャー・グリ 2023(ラインヘッセン)」。PIWI品種由来のスパイス感と花の香りが印象的な爽やかな辛口白。
2本目は、オーディンスタール「ゲヴュルツトラミーナー・トロッケン350N.N. 2022(ファルツ)」。標高350mの高地で、バイオダイナミック農法により育てられたこのワインは、エレガントかつストラクチャーのある味わいで、未来への静かなメッセージを放っていた。
リースリングの多彩さ、ゼクトの繊細さ、赤の軽やかさ、そしてサステナブルな未来志向──。この日紹介された8本のワインは、どれも「知ること=楽しみが増える」ことを教えてくれた。
私自身、ドイツワインにはどこか難解なイメージを抱いていたが、今回のセミナーで「ドイツワインって、こんなに自由だったんだ」そう感じた。
日々の食卓や、ちょっと気分を変えたい週末の夕暮れに。新しいドイツワインを、ぜひグラスの中で旅してみてほしい。