文/山田 靖
イタリア・トスカーナ、モンタルチーノの丘の上。
標高400メートル近いその地に、静かに佇むワイナリー「テヌータ・ルーチェ」はある。
初めてその名を耳にした人は、まずこう思うかもしれない。「ルーチェ(Luce)? ああ、イタリア語で“光”だよね」と。まさにその通りだ。でも、このワインが放つ光はただの言葉ではない。それは、ある信念の証であり、文化の融合であり、30年の歳月が注がれた結晶でもある。
テヌータ・ルーチェは、1995年。
ワインの本場イタリアと、新世界アメリカが誇る2つの名家、モンダヴィ家とフレスコバルディ家の出会いから生まれた。カリフォルニアのワイン革命を牽引したロバート・モンダヴィと、トスカーナの老舗貴族フレスコバルディが手を取り合い、“伝統”と“革新”を掛け合わせた唯一無二のワインを生み出そうとしたのだ。
彼らが選んだのは、モンタルチーノの南西にある標高230〜420mの土地。昼夜の寒暖差、強い日差し、そして石灰質を含む多様な土壌。それらが一体となって、ブドウにゆっくりと熟成の時間を与える。ここで彼らは、かつて誰も手がけなかったブレンドに挑んだ。
その挑戦とは――
イタリアでは通常、単一品種で造られることの多い「サンジョヴェーゼ」に、「メルロー」という国際品種を大胆に掛け合わせるというもの。クラシックなトスカーナワインの世界において、これは冒険だった。だが結果として、それは“スーパータスカン”というジャンルの中でも、さらに個性際立つ存在となり、今や世界中のワインラヴァーが注目するアイコンとなっている。
そんなルーチェが、2025年で誕生から30年。
節目となる年にリリースされたのが、今回の「Luce 2022」だ。

5月、ブルガリ東京で開催された比較テイスティングに来日した、マーケティング&セールスディレクターのミケーレ・ドゥルシアン氏と同アジア太平洋担当輸出部長のアルベルト・オレンジア氏
30周年ビンテージを記念して本国・イタリア・モンタルチーノにて、ルーチェのヴィンテージ30年分を完全に網羅した初の垂直テイスティングが行われた。
また、日本では去る5月、ブルガリホテル東京で開かれた30周年アニバーサリーテイスティングも開催されたこれは30ビンテージからワインオークションハウス・クリスティーズのディレクターであり、マスター・オブ・ワインのでもあるティム・トリプトリーがその中から選んだ5ビンテージのテイスティングを体験できた。
ルーチェの変わらぬ哲学と進化する味わいに多くのゲストが感嘆の声を上げたという。
ボトルのデザインには、30回目の収穫を意味する《30a vendemmia》のロゴが特別に刻まれている。光をイメージした太陽のシンボルの中央に浮かび上がるゴールドの数字。視覚的にも、祝いのムードをさりげなく感じさせてくれる。

けれど、このワインの価値は見た目だけではない。
2022年は、乾いた冬と暑い夏という過酷な気候条件の年。だが、夏の終わりにタイミング良く訪れた2度の雨がブドウに再び生命を吹き込み、熟成の最終段階を美しく整えた。こうして収穫されたメルローとサンジョヴェーゼは、凝縮感がありながらもどこか凛としていて、どこまでもエレガントな風格を備えている。
グラスに注ぐと、まず目に飛び込んでくるのは深みのあるルビー色。
鼻を近づけると、スグリやザクロのようなフレッシュな赤い果実の香りが立ち上り、その奥からすっと花のような優しいニュアンスが広がる。口に含むと、まろやかで滑らか。甘みすら感じさせるタンニンと、心地よい酸のバランスが美しく、余韻は静かに、しかし確かに長く続いていく。
“強さとやわらかさ”、“熟成とフレッシュさ”、“静と動”
――そんな二律背反をしなやかに共存させる「Luce 2022」は、まさにこのワインが辿ってきた30年という時の物語そのものだ。

価格は、24,500円(税抜)。
確かに高価だが、これは単なる“味わいの対価”ではない。造り手たちが追い続けた「光」のような理想、時代に挑んできた姿勢、そしてグラスの中に込められた美意識にこそ、この一本の価値がある。
特別な日のために選ぶのもいい。
けれど、ふと自分自身を見つめ直すような夜に、静かにこのワインと向き合ってみてほしい。
忙しない日々のなかで、グラスの中に宿る“光”が、きっとなにかを照らしてくれるはずだ。