文/島 悠里 写真/エノテカ提供、島 悠里
My wine journey by Yuri Shima ~世界のワイン便り Vol.17
ルイ・ロデレールの「ブリュット・ナチュール(Brut Nature)」は、アイデアがふんだんに盛り込まれた先進的なシャンパーニュ。著名デザイナーであるフィリップ・スタルクとのコラボレーションでも話題で、スタイリッシュでモダンなボトルデザインはギフトにも喜ばれるおしゃれな外観ですが、その本質は中身にあります。
今年10月、メゾンから副社長兼醸造責任者のジャン・バティスト・レカイヨンさんが来日。最新ヴィンテージ2018のお披露目をかねて、プレスセミナーを実施し、このシャンパーニュについて解説しました。

3人のアイデアが集結し「ブリュット・ナチュール」が造られた。左から、ジャン・バティスト・レカイヨン(Jean-Baptiste Lécaillon)、デザイナーのフィリップ・スタルク(Philippe Starck)、CEOのフレデリック・ルゾー(Frédéric Rouzaud)
250ヘクタールもの自社畑を持つルイ・ロデレールは、レカイヨンさんが醸造・栽培責任者に就任してから20年以上にわたり、畑の健全性を高めるためオーガニック農法を採用するなど畑に力を入れています。今では135ヘクタールの畑でオーガニック認証も取得していますが、これはシャンパーニュで最大規模(2025年時点)。レカイヨンさんは、こうした畑への注力は「畑の個性や特徴を引き出し、その場所を表現したワインを造り、味わいを追求するため」だと言います。
ルイ・ロデレールのそれぞれのキュヴェはいずれも特定の場所・地域に結びついた、その土地を表現するものですが、これを最も体現しているのが、キュミエール村の隣接する9ヘクタールの単一畑(Les Chèvres、Les Chèvres Pierreuses、Le Clos区画)から造られる「ブリュット・ナチュール」です。

今回のセミナーでの試飲ラインナップ。Brut Natureの2015年、2018年(ともに白とロゼ)と、最新のCristal 2016
この畑には、ピノ・ノワール、シャルドネ、ムニエの主要3ブドウ品種が植えられ、現在では少量のアルバンヌ、プティ・メリエ、ピノ・ブラン、ピノ・グリが追加されています。こうした複数のブドウ品種は、同時に収穫・圧搾・醸造され、いわゆるフィールド・ブレンド(混醸)でワインが造られます。この背景には「ブドウ品種ごとの個性よりも、その場所の特徴をより引き出し捉えたい」という考えがあります。成育サイクルが異なる複数のブドウ品種を同じ日に収穫するのは難しく、条件が整った、暑く乾燥した天候の年にのみブリュット・ナチュールは造られます。 「鍵を握るのはピノ・ノワール。要となるブドウ品種であることと、成熟時期がシャルドネとムニエの間で真ん中であることが理由です。そして、複数のブドウ品種をブレンドすることにより、単一の場合に比べて天候によるリスク、病害リスクなどを減らすことができます。」

「ブリュット・ナチュール」を生みだすキュミエール村の畑
スタルクさんのデザインがそうであるように、このワインは醸造面でも「Less is more」の精神で、ミニマリストのアプローチを取っています。レカイヨンさんは、「自然は既に複雑であり、それを活かし、無駄をそぎ落として本質的で価値があるものを造りたかった」と言います。例えば、シャプタリゼーションやマロラクティック発酵はせず、また通常より少し気圧を下げています。(そのため繊細で細やかな泡が特徴的。)そして、「ブリュット・ナチュール」の名の通り、ドサージュ(糖分添加)はゼロ。
もともと冷涼な気候のシャンパーニュでは、ドサージュして最終的なバランスを取るシャンパーニュが大部分を占め、ゼロ・ドサージュを実現するためには工夫が必要です。「ブリュット・ナチュール」の場合、広大な自社畑の中から上述の畑が選ばれたのですが、この畑があるマルヌ川沿いの南向きのキュミエール村はシャンパーニュ全体の中でも収穫がいち早く行われるほどブドウがよく熟すことで知られる場所。 この畑も日当たりがよく、主に黒い粘土質の土壌。同メゾンのプレステージ・キュヴェである「クリスタル」が石灰質土壌で育つブドウから造られるのとは対照的に、「粘土質土壌のこの畑から生まれるワインにはふくよかな果実で丸みのある特徴が出て、また主に南向きの斜面であることにより、これまでのシャンパーニュの気候では難しかったゼロ・ドサージュが実現できる鍵となっています。」

畑を詳細に解説
さらに近年の気候変動の影響によりブドウがより熟すようになったことも、ゼロ・ドサージュのシャンパーニュの実現を後押ししています。今回試飲した「ブリュット・ナチュール」の2015年と2018年は、両方とも暑く乾燥した年。こうした気候条件の年はシャンパーニュの長い歴史の中では異例とも言えるのですが、今後さらに加速するであろう気候変動の影響を考えると、このような年にのみ造られる「ブリュット・ナチュール」は、将来のシャンパーニュの姿を考え、「気候変動を(ワインを通して)味わう(Taste climate change)」という意味合いもあると解説します。
実際のところ、レカイヨンさんは、この畑を「気候変動のラボラトリー(実験室)」と呼び、将来に向けて備えるために数々の実験的な取組みをおこなっています。上述のフィールド・ブレンドや追加で4ブドウ品種を植え始めたのもその一環です。
さらにこう語ります。「現在のシャンパーニュでは、気候・テイスト(味わい)・ソーシャル(ワインとの関わり合い方)の3要素において変化が見られます。シャンパーニュは、これまでも長い歴史の中で、自らを再改革し、時代に合った、さらには時代を超えた普遍的なワインであり続けています。このことはシャンパーニュの変化への適応能力を示すもので、今後も強みになるでしょう。」

来日時にエノテカ本社でセミナーを開催
「ブリュット・ナチュール」は、これまでに2006 、2009、2012、2015、そして2018がリリースされています。2012年からはロゼバージョンも造られています。
最新の2018ヴィンテージを試飲してみたところ、第一印象がピュアで透明感あふれる果実と、それを引き締めるシャープな酸。グレープフルーツ、りんご、白桃などの果実は、若干の甘やかさも感じるほど熟度が高く濃縮されているので、高い酸とバランスが取れ、ゼロ・ドサージュであることを感じさせません。そしてじわりと、鰹節のような旨味や塩バターサブレのような優しい塩味があり、余韻はすっきりと非常にドライ。
2018年ヴィンテージは、ボトルデザインも一新され、スタルク氏のシンプルで美しいデザインが目を引きます。ボトルネックのフォイルが短くなり、表ラベルもなくして直接ボトルにデザインが彫り込んであり、ミニマリストのコンセプトをますます実現させています。ヴィンテージによってデザインの違いもあるので(但し2012年と2015年は同デザイン)、集めても楽しく、そして、ワインラバーとしては、ぜひ、その中身と背景についても知っておきたいですね!

