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WINE

オルネッライア 2025 ― 忍耐が育んだ、静かな壮麗さ

文/山田 靖

トスカーナ・ボルゲリ。地中海の風と森の香りが混じり合うこの土地には、自然と人の対話から生まれる“静かな情熱”が息づいている。オルネッライアはその象徴として、毎年の気候と真摯に向き合いながら、テロワールの記憶をワインという形に結晶させてきた。2025年のハーヴェストレポートは、そんな物語の新しい章を告げるものだ。

生産管理マネージャーのマルコ・バルシメッリは、今年を「じっと待つ忍耐の年」と表現する。春は冷涼で雨が多く、3月には一部で氷点下近くまで下がったことで、芽吹きの早いメルローさえ足踏みを余儀なくされた。生育サイクルは全体的に約10日遅れ、ブドウはゆっくりとしたリズムのまま春を通過する。その遅れが後に果皮の成熟を深め、アロマの複雑さやタンニンの質感を高める“静かな助走”となったのだから、自然のリズムは計り知れない。

生産管理マネージャーのマルコ・バルシメッリ氏

転機が訪れるのは5月8日。乾いた陽光が戻り、畑は一気に活気を取り戻す。6月は観測史上もっとも暑く乾燥した月となり、厳しい日差しが果実を鍛える。しかしここで7月が涼しく、穏やかに推移したことが決定的だった。ブドウは過度なストレスから解放され、夏の中心に“呼吸”のような余白を得たのである。8月前半の猛暑は凝縮感と骨格を与え、月末から9月初旬にかけての雨は果実に潤いを運び、まるで自然が精緻な時計職人のように、熟度のバランスを整えていった。

収穫は8月18日のソーヴィニヨン・ブランから始まり、白ブドウは爽やかな酸と清らかな香りを伴って次々と収穫期を迎える。メルローは8月28日に始まった。夏を通して健全な状態を保ち、果皮の均一な熟度と驚くほどのフレッシュ感を兼ね備えていた。9月上旬の一時的な降雨は気掛かりではあったものの、その後の快晴と昼夜の寒暖差が、カベルネ・フランやプティ・ヴェルド、そしてカベルネ・ソーヴィニヨンに決定的な熟度を与えた。バルシメッリは「忍耐力、観察力、そして最適な瞬間を見極めた判断力が、2025年を偉大なヴィンテージに導いた」と語る。


その言葉を裏付けるように、黒ブドウのポテンシャルは際立っている。メルローは引き締まった構造に高い酸が寄り添い、ミネラル感すら感じさせるほど清冽で、今年もっとも“テンション”のある表情を見せる。カベルネ・フランは複雑で豊かなアロマを湛え、骨格の強さとエレガンスが共存する。プティ・ヴェルドは濃密で香りの層が深く、バラや黒コショウのニュアンスが立ち上がるが、タンニンは驚くほどしなやかだ。カベルネ・ソーヴィニヨンはオルネッライアらしいジューシーな肉付きと深い密度を備え、絹のようなタンニンが長い余韻へとつながっていく。

初期の試飲では、その活き活きとした酸が技術チームを驚かせたという。酸とは、ワインが長い時間をかけて美しく成長するための“生命力”のようなものだ。バルシメッリは「2025年には偉大な熟成のポテンシャルがある」と強調する。凝縮した果実味と同時に、個性・骨格・精密なバランスがあり、テロワールの美しさと多様性がそのまま液体の中に映し出されている。

じっくりと熟した果皮、引き締まった酸、静かながら内側から力を感じさせる果実味。2025年のオルネッライアには、自然の揺らぎを受け入れながら、ひたむきに観察を続け、熟度の“頂点”を待ち続けた人々の時間が宿っている。

このワインがボトルの中でどんな成長を遂げ、数十年後にどのような表情を見せるのか。今はまだ誰にもわからない。しかし、ひとつだけ確かなことがある。
2025年は、忍耐がそのままワインの力となったヴィンテージだということだ。

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山田_yamada 靖_yasushi

Why not?マガジン編集長。長くオールドメディアで編集を担当して得たものをデジタルメディアで形造りたい。座右の銘は「立って半畳、寝て一畳」。猫馬鹿。年一でインドネシア・バリのバカンスはもはやルーティン。

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