文/山田 靖
世界の銘醸に肩を並べる、チリのグラン・クリュ ― プエンテ・アルト
フランスのボルドー、イタリアのトスカーナ、アメリカのナパ。ワインの銘醸地として誰もが思い浮かべる土地の列に、近年確実に加わったのが、南米チリのマイポ・ヴァレーだ。とりわけその一角、アンデス山脈の麓に広がる「プエンテ・アルト」は、カベルネ・ソーヴィニヨンにおけるグラン・クリュと呼ぶにふさわしい土地である。
標高650メートル。昼夜の寒暖差が激しく、マイポ川がもたらした石や砂利が混じる水はけの良い土壌。ブドウが力強く育ちながらも、酸と香りを失わない絶妙な条件が揃っている。事実、プエンテ・アルトからは数々の100点満点のワインが生まれ、世界の評論家を唸らせてきた。
そのなかで象徴的な存在が「ドン・メルチョー」だ。

ドン・メルチョー ヴィンヤード
ドン・メルチョーという物語
その名は、19世紀にチリのワイン産業の礎を築いた政治家であり実業家、ドン・メルチョー・コンチャ・イ・トロに由来する。彼が1883年にフランスからフィロキセラ前の苗木を持ち込み、マイポ・ヴァレーに植えたことから、今日の物語が始まる。
100年を経て1987年にファースト・ヴィンテージがリリースされると、そのクオリティは瞬く間に国際舞台で評価を受ける。ボルドーの名門醸造家ジャック・ボワスノ、続いて息子のエリック・ボワスノとの協働。1997年からは醸造責任者エンリケ・ティラドが参画し、テロワールの細分化やブドウの徹底した選果を導入。彼のアプローチは、チリワインのイメージを刷新するほどの精緻さをもたらした。
2019年には「ヴィーニャ・ドン・メルチョー」としてコンチャ・イ・トロから独立。単なる一銘柄ではなく、独立したワイナリーとして新たな段階に進んだ。
2021年、世界一の栄誉
そして2021年ヴィンテージ。2024年、世界的権威『ワイン・スペクテイター』誌が発表した「Top 100 Wines」において、栄えある年間第1位――「ワイン・オブ・ザ・イヤー」を獲得した。
これはチリワイン史上初の快挙であると同時に、世界のワイン地図に「プエンテ・アルト」という名を刻んだ事件だった。選考にあたった編集部は、その理由を「驚くほどのバランス、凝縮感とフィネス、そしてテロワールの個性を鮮明に映す透明感」と評している。

ドン・メルチョー プエンテ・アルト ヴィンヤード
エンリケ・ティラド自身も2021年についてこう語る。「赤い果実や花のアロマに始まり、ブラックベリーやカシスが重なっていく。シルキーなテクスチャーと力強さを併せ持ち、長い余韻で再びその魅力が立ち現れる」。

醸造責任者 エンリケ・ティラド
テロワールの力をどう伝えるか
ドン・メルチョーが特別なのは、単なる「高得点ワイン」ではない点にある。ワインを構成するすべての要素が、プエンテ・アルトという土地の声を伝えていることだ。
実際、ドン・メルチョーの畑は127ヘクタールにわたるが、エンリケはその区画を151にまで細分化し、石の大きさや土壌の粘土分、水分量ごとに収穫・醸造を分けている。150以上のロットを仕込み、ボルドーのブレンド哲学を持ち込みながら、最終的に一つのヴィンテージに結実させる。
そのプロセスは、単なる“南米ワイン”という枠を超え、もはや世界のトップ・シャトーと同じ視座に立っている。
「最初から最高峰」に触れるという贅沢
私はよく、ワインの世界では、まずは親しみやすいエントリー・レベルから経験を積み、徐々に高みに挑むのが経験値としていいのではないかと思うところはあった。例えばシャンパーニュ。比較的入手しやすい(といっても5,000円前後だが)クラスを飲んで、そのブランドを代表するプレステージを味わうと、そのシャンパーニュが目指すところが解るときもある。それはセオリー的に理にかなっていると自分では思う。しかし、今回はあえて真逆をオススメする。最初にいきなり「世界で1位」に選ばれたワインに出会うことは、かけがえのない体験になるのではないか。
トップワインには、その土地のテロワール、造り手の哲学、そして世界が認めた歴史的瞬間が凝縮されている。ドン・メルチョー2021をグラスに注ぐことは、単に美味しいワインを味わうこと以上の意味を持つ。
それは、南米チリが世界の銘醸と肩を並べるまでに歩んだ道を、一口で知ることでもある。
ワインをまだ学び始めた人にこそ、この経験は大きな意味を持つだろう。なぜなら「世界一の味」に触れた記憶は、その後に出会うあらゆるワインの指針となり、世界地図の上に新しい座標を刻んでくれるからだ。

最新ビンテージ ドン・メルチョー カベルネ・ソーヴィニヨン 2022
