文/山田 靖
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Park Hyatt Tokyo, Jouin Manku © Yongjoon Choi
いまからおよそ30年前の日本では、ホテルといえば「一流ホテル」「ホテル」「ビジネスホテル」──その程度の区分しか一般的には存在しなかった(と記憶している)。そんな時代の1994年、新宿に開業したのが、シカゴ、シドニーに続く世界で3番目、そしてアジア初となる「パーク ハイアット」。
このホテルの登場によって、日本のホテル文化は一変した。“ラグジュアリーホテル”という新しい概念が、国内に初めて明確な輪郭をもって現れた瞬間だった。
筆者はいまでも、初めてパーク ハイアット東京に宿泊したときの感覚をありありと覚えている。当時、ホテルとは“一棟の建物で完結しているもの”というイメージが常識だった。しかし、パーク ハイアット東京は新宿パークタワーの39〜52階という“空中”に位置する。フロントのある41階に着いても、どこにフロントがあるのか分からない。案内表示すら見当たらない。不親切だ──当初はそう思ったが、その“静かに迎え入れる姿勢”こそが、このホテルのホスピタリティ哲学の入口だったのだと、滞在してみて初めて理解した。
もし、このホテルを個人的な言葉で表現するなら「静寂を享受する贅沢」だろう。フロントはまるで洗練されたオフィスのような静かな空気をまとい、そこから先は“俗世間”と切り離された、独自の時間が流れる領域へと誘われていく。エレベーターでも廊下でも、宿泊客同士はもちろんスタッフとすれ違うことですら稀。世界の音量がすっと下がり、自分だけの時間が静かに展開していく。まさに“没入感”という言葉がふさわしい。
その後、外資系ラグジュアリーホテルが次々と日本に上陸したが、誤解を恐れずに言えば、初期に開業した多くのホテルは、どこかしらパーク ハイアット東京の理念や空気感を手本にしていたように思う。それほどまでに、このホテルは圧倒的な存在感を放っていた。 そして2024年5月、開業30周年を迎えたパーク ハイアット東京は大規模改修工事に突入し、静かなコールドスリープへと入った。
2025年12月9日──ついにリニューアル完了、再始動

今回の再構築を指揮したのは、開業時のインテリアを手がけた故ジョン・モーフォードの“矜持と哲学”を継承しつつ、建築そのものを設計した丹下健三への敬意も込めてリデザインを監修したパリの建築事務所「ジュアン マンク」。パトリック・ジュアン氏とサンジット・マンク氏が、パーク ハイアット東京を“新しい静寂のかたち”へと進化させた。

プレスを迎えての内覧会に登場したパトリック・ジュアン氏(左)とサンジット・マンク氏(右)
幸運にも、完成直後の“シン・パーク ハイアット東京”を内覧する機会に恵まれた。そこに広がっていたのは、アートやデザインへの深い敬意、そして“泊まる”のではなく“そこで暮らす”ための豊かさを追求した空間。リニューアル前は、扉を開けた瞬間にひとつの世界が広がる造りだったが、今回の客室にはベッドルームやリビングが“ひとつの世界観の中にありながら異なる空気の層”として存在し、奥行きのある体験を生み出している。





変わるのも変わらないもの、そのタイムレスな美学は健在
「ニューヨーク グリル」は象徴的なアートと眺望、そしてオープンキッチンが変わらぬ輝きを放ち続けている。レディー・ガガが飛び入りで伝説のパフォーマンスを披露した「ニューヨーク バー」も健在で、ハウスシャンパンは変わらず「ルイナール」。
フレンチレストラン「ジランドール」は、アラン・デュカス率いる「デュカス・パリ」とのパートナーシップによって新たなエスプリを迎え入れるという。






そして──筆者が最も心を奪われてきた場所、47階の“空中オアシス”とも言える20メートルプールも、そのままの美しさを保っていた。朝・夕・夜で表情を変える眺望は、ここでしか味わえない贅沢を身体の奥深くに注ぎ込んでくれる。


日本のラグジュアリーシーンの中で見えてくるもの
現在の日本は、インバウンドの勢いもあり、一流ラグジュアリーホテルの開業ラッシュが続く。その中で、パーク ハイアットは新宿に続き京都、ニセコへとその価値観を拡張した。一方、“静寂を核としたラグジュアリー”という美学を持つ別の存在として、アマンもまた京都とニセコという土地に進出している。
表現方法やアプローチは異なるが、“静けさの質”という軸で考えれば、この二つのブランドが日本のラグジュアリー体験に方向性を与えていると感じる。それぞれが独自の美意識を貫きながら、都市と自然、喧騒と静寂のバランスを更新し続けているのだ。
そして、戻ってきた“静寂の象徴”
パーク ハイアット東京──新しい世界観に触れた今、あの静寂にもう一度身を委ねたいという思いが強くなる。
ただし、ひとつだけ難点を挙げるなら、宿泊費が一般庶民にはますます“雲の上”の存在になりつつあることだろう。 それでもなお、あの空気に包まれるためなら、再び扉を開けたくなる。
このホテルには、それだけの理由と魔力が備わっている。
