文/山田 靖
トスカーナ西岸、ティレニア海から吹き込む風がブドウの表情を決定づける土地、ボルゲリ。その名を世界に知らしめた立役者のひとつが、オルネッライアだ。1981年、ロドヴィコ・アンティノリによって創設されたこのワイナリーは、いわゆる“スーパータスカン”の文脈にありながら、単なる革新の象徴にとどまらない。ボルドー品種を用いながらも、この土地の光と風をそのまま写し取る“ボルゲリの言語”を築き上げてきた。
そのオルネッライアの2023年ヴィンテージを、幸運にも手に入れた。
高価なご褒美ワインにという代物だが、ただし、楽しんだのは記念日でもなければ、自分へのご褒美でもない。ごく普通の一日。少しだけ時間に余裕があった夜だ。
グラスに注ぎ、まずは静かに眺める。色調は深く、まだ若々しい紫のニュアンスを帯びたルビー。香りはゆっくりと立ち上がり、ブラックチェリーやプラムの濃密な果実に、タイムやローズマリーといった地中海の灌木のニュアンスが重なる。さらに、湿った土やタバコ、そして新樽由来の繊細なスパイス。ここにあるのは単なる熟度ではなく、明確な“風景”だ。
2023年はトスカーナにおいて気候の振幅が大きかった年とされるが、オルネッライアの本質はそこでは揺らがない。ヴィンテージの個性を受け止めながらも、最終的には「調和」へと昇華させる。カベルネ・ソーヴィニヨンの骨格、メルロの豊満さ、カベルネ・フランの香りの輪郭、そしてプティ・ヴェルドの緊張感。それぞれが突出することなく、しかし確実に存在している。
口に含むと、アタックはシルクのように滑らか。その奥に、しっかりとした構造がある。タンニンはきめ細かく、若さゆえの張りを保ちながらも、すでに溶け込み始めている。果実の甘やかさを支えるのは、塩味にも似たミネラル感。この“塩気”が、海に近いボルゲリのテロワールを雄弁に物語る。余韻は長く、黒系果実とスパイス、そしてほのかなビターさが静かに続いていく。

さて、このワインをどう楽しむか。
個人的には、ワインは単体で味わうよりも、食とともに完成すると考えている。そして、今回は「お家でオルネッライア2023」をテーマに、だからこそ、あえて「特別ではない日のための、少しだけ贅沢な食卓」を組み立てた。

用意したのは、「牛肉の赤ワイン煮込み」「ナスのトマトグラタン」「ラム肉の香草パン粉焼き」の三品。

「牛肉の赤ワイン煮込み」は、玉ねぎ、人参、セロリをじっくり炒め、トマトと赤ワインで煮込むシンプルな一皿。時間をかけて引き出されたゼラチン質のコクが、オルネッライアのタンニンと見事に呼応する。仕上げに加えたローズマリーが、ワインのハーブのニュアンスと自然に重なり、味わいに一体感が生まれる。

「ラム肉の香草パン粉焼き」も印象的だった。骨付きラムにハーブとパン粉の衣をまとわせて焼き上げることで、外は香ばしく、中はジューシーに。そのコントラストがワインの果実とスパイスを引き立てる。ラムの風味はカベルネ主体の骨格と非常に相性がよく、ワインの輪郭をより鮮明に感じさせる。

一方で、「ナスのトマトグラタン」は少し軽やかな方向のペアリングだ。焼きナスの甘み、トマトの酸、チーズのコク。それぞれがワインの果実味と酸に寄り添い、調和という側面を引き出してくれる。
ちなみに、この三品のうち牛肉の赤ワイン煮込みとナスのトマトグラタンは、フランスの冷凍食品専門店「ピカール」で購入したものだ。こうした完成度の高い食材をうまく取り入れることで、家庭でも無理なくこのレベルのペアリングが成立する。
オルネッライア2023は、まだ若い。真価はこれからさらに開いていくだろう。それでも今飲む価値は十分にある。若さゆえの緊張感と、すでに垣間見える完成度。その両方を同時に楽しめるのは、このタイミングならではだ。
グラスの中にあるのは、単なる液体ではない。ボルゲリの風、太陽、そして人の意思。そのすべてが折り重なった一杯を、特別ではない夜に開ける。
そんな時間こそが、いまの贅沢なのだと思う。
