文/山田 靖
東京の夜景を見下ろしながら食事をする——。それだけなら、東京にはすでに数多の店が存在する。だが、「食べる」という行為の奥にある“感性の交差”まで設計しようとしている場所は、そう多くはない。
2026年4月、「KEI Collection PARIS」が新たな体制で再始動した。フランスで7年連続三つ星を獲得する 小林圭 が、より深くこの店に関わり、「KEI」グループ直営店として新章を開幕。だが、ここで重要なのは、“パリのRestaurant KEIを東京で再現する店”ではない、ということだ。
むしろ逆かもしれない。
パリの「Restaurant KEI」が、緻密に構築されたコース体験によってゲストを一つの物語へ導く場所だとすれば、「KEI Collection PARIS」は、その日の自分の感情や空腹、同行者との会話、東京の夜の気分までも含めて、食べる側が自由に編集できるレストランなのだ。

この店の面白さは、アラカルトという形式にある。
“レストラン=コースをいただく場所”という価値観が、ある意味で完成しすぎている。もちろん、それは豊かな体験だ。しかし一方で、「今日は前菜を2皿だけ楽しみたい」「ワインを主役にしたい」「食後にバーで余韻を深めたい」という自由さは、どこか置き去りになってきた。
「KEI Collection PARIS」は、その余白を取り戻そうとしている。
メニューは日々変わる。国内外から届く素材を見極め、その日の状態を見ながら皿が組み立てられていく。だから“おすすめコース”をなぞるより、「今日は何を食べたいのか」を自分自身に問いかけたくなる店だ。
そして、その自由度を成立させているのが、“グリル”への異様なまでの執着である。
火入れとは、料理における最後の翻訳だ。素材が持つ水分、脂、香り、繊維、温度。そのすべてを、火によってどう開かせるか。「KEI Collection PARIS」は、その最も原始的でありながら奥深い技術に真正面から向き合っている。
薪焼きや炭火料理が流行して久しいが、この店のグリルは、単なる香ばしさの演出ではない。火をどう通すかによって、素材の輪郭をどこまで立ち上がらせることができるのか。その探求が、レストラン全体を貫いている。



店の中央に据えられたオープンキッチンも象徴的だ。

料理人たちが動き、焼き台から立ち上る熱気が空間を満たし、サービスが呼応する。その様子は、静かな劇場にも見える。だが、ここにはフランス料理特有の“緊張感”だけが漂っているわけではない。もっと軽やかで、都市的で、遊びがある。
だから、この店は“記念日に背筋を伸ばして訪れる場所”というより、“成熟した大人が、東京の夜を楽しむための拠点”として機能しようともしている。
実際、49階のルーフトップバーまで含めて体験すると、この店の輪郭がさらに見えてくる。
インフィニティプール越しに東京の夜景を眺めながら、オリジナルカクテルを飲み、料理人が考える“つまみ”をつつく。食事のあとに、もう少しだけ誰かと話したくなる。あるいは、一人で夜景を眺めながらグラスを傾けたくなる。そんな“次の時間”まで自然につながっていく。
最近、東京にはラグジュアリーな空間が増えた。しかし、ときにそれらは「正しく過ごすこと」を求めてくる。ドレスコード、マナー、空気感——。もちろん、それも文化の一部だ。
けれど「KEI Collection PARIS」には、もう少し自由な空気が流れている。
料理を深く知る人も、ワインを愛する人も、アートや建築に惹かれる人も、それぞれが自分の感性のままに楽しめる。その多層性が、この店を単なる“高級レストラン”で終わらせていない。

大久保智(左)と小林圭(右)
新たにシェフに就任した 大久保智尚 も興味深い存在だ。フランス・ブルゴーニュでの経験を重ねた後、故郷・大分で10年間レストランを営んできた料理人。土地と向き合い、人が食べる幸福を考え続けてきた感覚が、料理の奥に静かに滲む。
だからこの店は、“映える店”という言葉だけでは捉えきれない。


ここには、料理を介して人が交差し、会話が生まれ、感覚が少し更新される時間がある。何を食べるかだけではなく、「誰と」「どんな気分で」「どんな夜を過ごしたいか」まで含めて楽しめる場所。
東京のレストランシーンはいま、再び“体験”へ向かっている。
その中で「KEI Collection PARIS」が提示しているのは、フランス料理の新しい自由形なのかもしれない。
小林圭 のもう一つの現在地、ぜひ訪れてほしい。
KEI Collection PARIS(ケイ・コレクション・パリ)
住所:東京都港区虎ノ門2丁目6番2号虎ノ門ヒルズステーションタワーTOKYONODE 49F
営業時間:レストラン17:30~23:00(L.0.20:30)
バー 17:30~23:00(FOOD L.0.22:00 /D RINK L.0.22:30)
定休日:日曜日・月曜日
