取材・文・写真/山本ジョー
「ナーエ地方のこのあたりは、以前なんにもない過疎地だったのに、急に賑わってきた。10年前とかのスパンでなく、まさにここ数年の話です」と驚いてみせたのは、ドイツに何度も足を運んできたオランダ人ジャーナリストだった。
ワイン産地として知られている地域なら、どこも財政は安定し、人口もそれなりにいそうなものだが、ドイツのワイナリーは家族経営が大多数。生産者親子と周辺の住民でワインを造る、小規模スタイルがほとんどだ。どれほど歴史あるワイナリーでも、ギリギリの採算で回しているなら、不作の年が連続すれば今の代で即終了。
そんな薄利で不安定な現状から脱却すべく、親からワイナリーを継いだ子世代の一部は新たな手を打ち出している。若手生産者団体「ジェネレーション・リースリング(GenR)」に所属して情報共有し、自分のワイナリーで目玉となるワインを造り、訪問客を呼ぶアトラクションを用意し、村全体を発展させる仕組みを作るGenRメンバー。おかげで、村に活気を取り戻すほどの活躍を見せるイケイケなワイナリーも続々出現中なのだ。
彼らの善戦ぶりを、いくつかのワイナリーにてチラ見していこう。
ジェネレーション・リースリング(GenR)とは?
2006年に設立された、「メンバーは35歳以下」との条件が定められているドイツの生産者団体。「リースリング」の名を冠してはいるが、けしてリースリングに限定した活動をしているわけではない。ドイツでは100種以上のブドウが栽培されており、白ワイン用ブドウと赤ワイン用ブドウの収量比率はおよそ2:1、近年はピノ・グリ、シャルドネなどの白品種の植樹が増えている。とはいえ、栽培面積のダントツ1位は、白ワイン用のリースリング。ドイツ発祥の品種でもあり、ドイツワインの象徴としてふさわしいネーミングということで採用に至った(なお、「他国の人たちも発音しやすい」という点も配慮されたとか)。
ジェネレーション・リースリング公式サイト
https://www.generationriesling.de/
400年の伝統にもサスティナビリティの風が吹く
日本とほぼ同じ国土面積(約35万8千㎢)のドイツ。ブドウ栽培面積は約10万3千haと、日本と比べ6倍に迫る広さであり、ワイン生産量の世界ランキングでは常時10位以内をキープする。紀元前にブドウが持ち込まれ、中世には修道院の主導で醸造技術が飛躍的に向上、19世紀からはブドウの研究を進め交配品種を次々と産出してきた。
とはいえ、ドイツほどワイン造りの長い歴史を誇る伝統国であっても、近年のワイン事情は悩ましい。世界の消費量はゆっくり減り続け、若者のアルコール離れもまた将来の消費量に影を落とす。地球温暖化で冷涼なドイツの人気は高まっている。
「たしかに、標高によって冷涼な畑は多々あります。けれど、問題は天候が極端になっていること。1カ月雨が降らないと思ったら、次の1カ月は雨が降り続いたり……」
と、ラインヘッセンのワイナリー「グロール」のヨハネス・グロール氏はこぼす。気候変動とは、ただ気温が全体的に上昇するだけではないと、あらためて気づかされる。
グロール氏は醸造経験を積んだ後、あらためてガイゼンハイム大学に入学。ワイナリーでは2022年から有機栽培に転換し、同大学卒の姉フランツィスカさんとともに、現在は天然酵母にこだわるワイン造りを極めつつある最中だ。
●Gröhl

ヨハネス・グロール氏は、ラインヘッセンで1625年創業という老舗ワイナリー「グロール」の13代目。1921年の古酒も眠る地下セラーには、現存する最古のオーナーフォトを飾る。写っている8代目の男性、白いあご髭に見えるのは「白い毛糸状のフワフワ」だそうで、もしやだいぶお茶目な御仁?! 創業者から現オーナーまで延々と辿ることのできる家系図もエントランスに掲げられ、歴史の深さには説得力がある。
●Bastianshauser hof

グロールと同じラインヘッセンで、やはり有機栽培に舵を切った「バスティアンハウザー・ホーフ」。5代目のセバスチャン・エルベルディンガーは海外での経験も豊富で、2019年にはドイツ連邦ワインコンクールで若手ワイン・メーカー・オブ・ザ・イヤーに輝いた。ワイン造りの実力は言わずもがな、草生栽培の畑では脇に野鳥のための巣箱や、畑の眺めが素晴らしいテーブルを設置するなど、プレゼンテーションも上手。
ワイン・ツーリズム参入の課題は設備投資か
サスティナビリティを意識する消費者が増え、ワイナリーにとって有機栽培が大きな成功要因になりつつある。と同時にもうひとつ、成功のカギを握るのがワイン・ツーリズムだ。ワイナリーの訪問客に、試飲や畑見学を通してファンになってもらう。うまくいけば、ワイナリー周辺の宿泊施設や現地への交通利用にも経済効果をもたらしてくれる。
とはいえ、ワイン・ツーリズムに力を入れたい中小規模のワイナリーの多くが、資金面で足踏みをしてしまう。

「最近は若い人にワインを売るのが難しくなっていると実感していたので、ワイナリーのとなりにワインバーを開き、若いワインファンを取り戻したいと思ったんです。資金は……金融機関に相談しました!」
と苦笑いしながら語るのは、ラインヘッセン「ブレッツ(Bretz)」の10代目、ヴィクトリア・ブレッツ氏。ブレッツはミネラル感の強い白ワインや上質なアイスワインに定評がある。ドイツ国内ではワインショップを中心に卸し、ワイン通に支持を得ているが、新しい顧客獲得にはやはり消費者へのダイレクトなアプローチが有効だと心得る。
●Bretz

ドイツは学校の夏休みが16週間、社会人も夏に数週間の休暇を取るのが一般的。ブリッツのワインバーは夏の期間限定オープンだが、需要は高い。カウンターでは試飲やボトル購入、テーブル席ではプレッツェルやラインヘッセン名物のクリームペースト「シュプンデケース」とともにゆったりワインを。ブリッツでは、ワインバー以外にも畑のハイキングツアーやセラー見学ツアーで客を楽しませてくれる。
「私も訪問したい!」と思わせる仕掛けの数々
さて、資金をやりくりして立派な施設を建てたところでオシマイ、ではない。訪問客は、ワイン飲むだけでなく、ワインが生まれる現場のリアルに迫りたいのだ。
ナーエの「バウムベルガー」も、やはり「借金しないと大がかりな設備投資はできない」と嘆く小規模ワイナリーである。だが、こと体験型イベントについては、さほど資金をかけずとも用意できる。ということで、こちらのジャンルは若い感性でひらめいたアイデアの宝庫なのである。
●Baumberger

トラクターが牽引する客車で畑へ連れていってもらえるのは、ナーエ「バウムベルガー(Baumberger)」。高低差のある畑が連なるので、徒歩で一周するのは健脚な人でもかなりシンドイ。客車のなかにはグラス置き場もあり、畑のど真ん中で悠々と試飲できる。

ワイナリーに生まれ育ったポーリーヌ・バウムベルガー氏は、ワイン造りは子供たちにつなげていける価値ある仕事と捉えている。今でこそ父や兄とともに家業を盛り立てているが、その前はパリで腕を振うグラフィック・デザイナー。実家に戻り、ワイン造りの現場に入った当初は、醸造中のワイン劣化を恐れ、毎日試飲し品質を確かめていたそう。「この仕事は長い時間がかかるとあらためて気づかされました。ひたすら耐えて、そして信じて、待つのですね」。
ワイン造りに目途が立ったところで、「(哲学先行型の)小難しいナチュラルワインでなく、気軽に飲めるナチュラルワインがなくては」と考え、新ライン「Glow Glow」を立ち上げた。持ち合わせの都会的センスで、ナーエ産ワイン、ナチュラルワインの次なる可能性を切り開いている。
●Forster

地学にロマンを感じる人は、ナーエ「フォルスター(Forster)」の畑でウォーキングを。アップダウンは激しいが、丘の頂上付近には太古の断層をつぶさに観察できるスポットが待っている。海と地殻変動の影響で、この一帯は180種もの土壌が複雑に入り組んでおり、川沿いで気温も低めなため、リースリングやピノ系品種がすくすく育つという。
今回、畑とショップの案内をしてくれたヨハネス・フォルスター氏は、10代の頃からワイン造りの現場に飛び込み、30代前半にしてすでにベテラン。2021年に拡張工事を行ったショップは、土と樹木を用いたシンプルモダンな内装で、有機栽培ワインの世界観とリンクする。
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今回紹介したワイナリーはどこも、小さく静かな村にひっそり佇む。しかし、若者を振り向かせるワインを造り、ワイン好きを呼び込む企画力のおかげで、周囲一帯に活気が漲り始めていた。やはり、オランダ人ジャーナリストの言っていた通り「ナーエの村は変わった」し、ほかの銘醸地でも同様の躍動を感じられる。
すべては、時間効率やコスパを重視し過ぎると揶揄される「Z世代」に属する、若きワイン生産者のなせる技。ワイン造りで培った忍耐力が、ときに合理性を無視した遠回りも辞さず、確実な上昇を目指す若者を育て上げているのだ。
Wines of Germany公式サイト
https://jp.winesofgermany.com/
