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未来を醸す場所──ファブリスが描く新生Agrapart Avize

取材・文/久保 ゆかり 写真/小松勇二

フランス・シャンパーニュ地方のコート・デ・ブランのグラン・クリュのひとつ、アヴィーズはエペルネの南に位置しています。そこで新たな「Agrapart Avize」を立ち上げた弟ファブリス・アグラパール。注目されているメゾン、その描 く未来を、完成前の建築現場から見つめました。

新たなAgrapart Avizeを訪ねます

エペルネのシャンパーニュ大通りから車で約20分。人口約600人の静かな村、アヴィーズへ向かいます。
コート・デ・ブランの中心に位置するアヴィーズは、ベレムナイトの化石を含む白亜(チョーク)質土壌で知られる、シャルドネの銘醸地です。
この日は澄み渡る青空。初夏の日差しを浴びたブドウ畑が、どこまでも広がっていました。

やがて車窓の先に、19世紀後半に建てられた礼拝堂が現れます。その前には建築計画のパネルが掲げられ、背後にはクレーンや足場が並ぶ広大な建築現場。かつて老人ホーム「オスピス・オージュ=コラン(Hospice Auge-Colin)」があったこの場所は、いま新たな「Agrapart Avize」へと生まれ変わろうとしていました。

完成前のワイナリーを訪ねる機会は、今回の旅の中でもひときわ特別な体験でした。

1894年創業のAgrapartは、アヴィーズを拠点とする家族経営のレコルタン・マニピュラン(RM)。アヴィーズ、クラマン、オジェ、オワリーのグラン・クリュを中心に、古樹のシャルドネからテロワールを映すシャンパーニュを生み出しています。
古樽で醸造されるシャンパーニュは、繊細な果実味と研ぎ澄まされたミネラルが高く評価され、『ル・ギド・デ・メイユール・ヴァン・ド・フランス』では、ルイ・ロデレールやボランジェと並ぶ三つ星を獲得しています。
長年メゾンを支えてきた兄パスカルと弟ファブリス。同じテロワールを原点としながらも、それぞれが描く未来は少し違っていました。

パスカルは「AGRAPART & Fils」を継承し、現在は息子アンブロワーズとともに「Pascal Agrapart」を営んでいます。
一方、ファブリスは、パートナーのエマニュエルとヨハンナとともに、新たな「Agrapart Avize」を立ち上げました。その先に見据えていたのは、シャンパーニュを通じて人々が集う場所でした。

シャンパーニュとアート、人が交わる場所

建築計画のパネルを眺めていると、道路を挟んだ向かいの家から、Tシャツ姿のファブリスが 歩いてきました。

「Bonjour!」

その気さくな出迎えに、緊張も自然とほどけていきました。

ファブリスさんとプルュネルさん

途中、後継者である娘のプルュネルも顔を見せてくれました。現在はル・メニル・シュル・オジェで醸造の経験を積んでいるそうです。

案内された仮設の建物の中は、ごく簡素な空間でした。

このプロジェクトには、ベルギー生まれのドイツ人現代アーティスト、カーステン・ヘラー(Carsten Höller)も参加しています。
ヘラーは、「体験すること」そのものを作品へと変えるアーティスト。ロンドン五輪のシンボル「アルセロールミッタル・オービット」に設置された巨大な滑り台や、ミラノのプラダ財団でのインスタレーションでも知られています。このワイナリーにも滑り台が設けられる予定です。
「ワイナリーに滑り台 ?」思わず聞き返すと、
「ワインもアートも、もっと自由に楽しんでほしい」

建築デザインを手がけるのは、ベルギーの建築設計事務所 M3A Architecture。
チョークを思わせる白いコンクリートと大きなガラスを組み合わせた建物は、この土地の景観 に溶け込み、外壁にはブランドを象徴する「3つのA」が刻まれます。
完成予想図には、ホテルやレストラン、ギャラリーが描かれていました。
「ここでみんな集まって、シャンパーニュを楽しむんです」

3つの「A」に込めた想い

ファブリスはメンバーズクラブ「A Grape Art」についても教えてくれました。
「Art、Grape、Avize。この3つで『A Grape Art』なんです」
「私もメンバーになれますか?」
「もちろん!……ただ、日本からは6名限定で、年会費は1万ユーロ。さらにヨハンナとの面接があります」

環境への取り組みも、このプロジェクトの大きな柱です。
地下約10メートルの自然冷却や重力を利用したグラヴィティフロー方式、低炭素コンクリート 、屋上緑化、太陽光発電など、施設全体が環境への配慮を前提に設計されています。

「紙のエチケットはもう貼りません」
ファブリスが見せてくれたボトルには、ラベルの代わりにQRコードが直接刻まれていました。さらにボトルを軽量化することで、資源の使用や輸送時の環境負荷まで抑えるというのです。

建物にもボトルにも、ミュズレにも、「A」が刻まれていました

「Amour(愛)、Amitié(友情)、Action(行動)。それが私たちの“A”です」
そこには、Agrapart家の礎を築いた曾祖父  Arthur(アルテュール)への敬意と、この土地 Avize(アヴィーズ)への想いも込められているそうです。


生産エリアとアートギャラリーは2027年初頭、レストランやホテルを含む施設全体は2028年末の完成を目指しているそうです。
この始まりの瞬間に立ち会えたことは、この旅で最も印象深い出来事の一つとなりました。

3本の試飲から新たなAgrapart Avize を確認!

3つのグラスが目の前に並びました。
テイスティングしたのは、ATOMA、AMEUNIA、ANTHOCYA。どの名前も“A”で始まり、“A” で終わります。
いずれもBrut Nature(ノン・ドザージュ)で、清澄・濾過を行わず、ブドウ本来の個性とテロワールを素直に表現しています。

ATOMA──コート・デ・ブランを映す、新たなスタンダード

ATOMA(P23)
アヴィーズ(Avize)、クラマン(Cramant)、オジェ(Oger)、オワリー(Oiry)、ル・メニル・シュル・オジェ(Le Mesnil-sur-Oger)、ヴェルテュ(Vertus)、ベルジェール・レ・ヴェルテュ(Bergères-lès-Vertus)という、コート・デ・ブランを代表する7つの村のブドウから造られた、100%シャルドネによるブラン・ド・ブランです。
生産本数は約2万本。タンダードキュヴェとは思えない完成度の高さでした。
グラスから立ち上るのは、白い花やみずみずしい柑橘を思わせる澄んだアロマ。口に含むと、伸びやかな酸とコート・デ・ブランらしいチョーク由来のミネラルが美しく広がります。果実のふくらみがありながらも重たさはなく、余韻にはほのかなトーストのニュアンス。繊細さと奥行きが見事に調和した、洗練された一本でした。
ATOMAは、2023年をベースに、2020年から継ぎ足すパーペチュアル・リザーヴを20%使用したマルチヴィンテージです。

「名前はAtom(原子)に由来していて、その年のワインを少しずつ受け継いでいくという意味なんです」
パーペチュアル・リザーヴは、老舗の「秘伝のタレ」のように、毎年新しいワインを継ぎ足しながら受け継がれ、味わいに深みと複雑さをもたらします。

AMEUNIA──ムニエの新しい可能性

AMEUNIA(Vintage 2023)
近年、気候変動への適応力や表現力の高さから注目を集めるムニエ。シャルドネを中心にシャンパーニュを造ってきたAgrapartにとって、ムニエ100%という選択も印象的でした。
ヴァレ・ド・ラ・マルヌのフェスティニー(Festigny)とマルイユ・ル・ポール (Mareuil- le-Port)の厳選したムニエから造られた、Agrapart史上初となる100%ムニエのブラン・ド・ノワールです。
生産本数は約1万本。
「他とは違うムニエを造りたかったんです」
その言葉どおり、この一本は、私がこれまで抱いていたムニエのイメージを大きく覆しまし た。
控えめなフローラルノートに、アプリコットや野イチゴを思わせる果実のニュアンス。口に含むと、なめらかな質感の中に美しい緊張感があり、ムニエとは思えないほど引き締まったミネラルと塩味が余韻まで続きます。ドライでクリーンな後味は、この品種の新しい魅力を教えてくれるようでした。
醸造には600Lの木樽を使用。シャルドネよりも厚みのある樽を採用することで、微量の酸素の流入を抑えながら、ムニエのコクと力強さを引き出しているのだそうです。
その話を聞いたあとでは、繊細な口当たりの奥にある芯の強さが、より鮮やかに感じられました。

近年、気候変動への適応力や表現力の高さから注目を集めるムニエ。その選択にも、Agrapart Avizeが目指す新しい挑戦が表れていました。

ANTHOCYA──唯一無二のロゼ

最後にいただいたのは、ANTHOCYA(Vintage 2023)。
ル・メニル・シュル・オジェ(Le Mesnil-sur-Oger)のシャルドネ98%に、ヴェルテュ(Vertus) のピノ・ノワールを2%ブレンドした、ロゼ・シャンパーニュです。
生産本数はわずか900本。清澄・濾過を行わず、Brut Nature(ノン・ドサージュ)で仕立てられています。
色合いは、淡いゴールドがかった繊細なピンク。グラスからは華やかなアロマが立ち上ります 。
口に含むと、クリーミーな泡とフレッシュな果実味が広がり、チョーク由来のミネラルが 全体を美しく引き締めます。ドライな余韻の中で、わずか2%のピノ・ノワールが絶妙なアクセントとなり、その繊細な色合いとのギャップがとても印象的でした。
その淡い色合いがどのように生まれるのか、詳しい製法については語られませんでした。そこにも、ファブリスならではの自由な発想が感じられます。
完成したこの場所で、もう一度グラスを傾ける日を心待ちにしています。


※日本ではジェロボームより今秋入荷予定(数量未定)

Interview & Text by Yukari Kubo photo by Yuji Komatsu

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久保ゆかり

シャンパーニュライター・エディター。CIVC認定シャンパーニュスペシャリスト、JSAワインエキスパート、JSA SAKE DIPLOMA。フランス・シャンパーニュ地方のワイナリーを訪ね、生産者への取材を重ねながら、造り手の想いや土地の個性を伝える記事を執筆。シャンパーニュを中心に、ワイン産地の魅力を伝えている。シャンパーニュをこよなく愛し、愛犬のエクレア(ミニチュアダックス)とのお散歩が日課。

  1. 未来を醸す場所──ファブリスが描く新生Agrapart Avize

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